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    自家焙煎チョコで世界を変える 吉野慶一さん(32)

    笑顔の種 カカオに情熱

     買い物客が行き交う京都市中京区の商店街の一角。わずか15平方メートルの工房兼店舗から甘い香りが漂ってきた。売っているのは世界でも珍しい、ローストしたばかりのカカオ豆を使って仕上げる手作りチョコレートだ。

    • 「この小さな店から世界の人たちを幸せにしていきたい」と、ローストしたてのカカオ豆をひく吉野さん(京都市中京区の「Dari K」で)=笹井利恵子撮影
      「この小さな店から世界の人たちを幸せにしていきたい」と、ローストしたてのカカオ豆をひく吉野さん(京都市中京区の「Dari K」で)=笹井利恵子撮影

     インドネシアから直接買い付けた豆を自家焙煎し、1粒ずつ皮をむいた後、手動ミルで砕いてペースト状にする。既成の製菓用チョコレート材料を加工する一般的な製法と比べ、際だって香りが高い。その上、通常加える植物油脂を使わない分、さっぱりした後味をもたらす。

     1個にカカオ豆10粒を使った濃厚なトリュフなど、こだわりの商品は1日500個が限界だが、「製菓用材料が12色しかないクレヨンだとすると、自家焙煎カカオはコクや風味を無限に広げられる絵の具」と話す。

     ほんの3年前までスイーツとは無縁の外資系投資会社の金融アナリストだった。何百億円もの金を運用し、成功を収めてきた。2008年のリーマン・ショックも乗り切って来たが、一方で、富める人をさらに富ませる手伝いをしているだけではないかという気持ちも生じていた。

     満たされない気分で旅行中に訪れた韓国のカフェ。何気なく見た壁の地図は世界のカカオ豆の産地を示していた。アジア経済を専攻していたが、インドネシアが有数の生産国と初めて知った。

     面白くなり、調べ始めた。カカオ豆は収穫後すぐに数日発酵させなければ香り高いチョコの材料とはならない。発酵させない豆は市場価値が低く、価格は商社の意向で決められていた。国際商品相場は右肩上がりだが、生産者の収入はわずかなまま。「利益を得るのが投資家だけなのはおかしい」。これまでとは違う思いが湧いてきた。

     海外の文献を調べ、バナナの葉に包んで発酵させる方法を知った。会社を退職し、ジャカルタから空路3時間のスラウェシ島に渡り、農家に豆を2割高で買うからと発酵の手順を説いて回った。

     帰国後、ハローワークに「日本初、世界でもまれな自家焙煎カカオのチョコレート」と銘打ち、職人の求人広告を出し、10年ほど経験のある女性を1人だけ雇った。

     それからは2人で焙煎温度や時間を微妙に変えながら、試行錯誤する日々。11年4月、6種のトリュフを商品に開店した。韓国旅行からわずか1年のことだった。

     「少量限定」「できたてフレッシュ」をうたった「世界でもまれなチョコ」は口コミで少しずつ浸透した。

     開店4か月後、有名ホテルの料理長が訪ねてきた。「フランスでも味わったことがない」とホテルでの予約販売が決まり、別のホテルではフランス料理のソースとして使われるようになった。

     百貨店でも扱われるようになると売り上げは倍増。インドネシアの農家の安定収入に結びついた。今月30日には京都でカカオのドリンク専門店を出す。スラウェシ島には今夏、工房を建設する計画で、現地の人に生産や加工を管理してもらう考えだ。

     起業の理由を問われるたびこう答える。「目的をどれだけ多くの人を笑顔にできるかにしたら、この仕事に行き着いた」と。人を笑顔にするその人自身が、とびきりの笑顔を見せてくれた。(渋谷聖都子)

    ◇◇◇

    ◆略歴 栃木県足利市生まれ。慶応大と京都大大学院でアジア経済を学び、オックスフォード大大学院修了後、外資系投資会社に就職。2011年にカカオ製品を扱う「Dari K」設立。社員は6人。

    ◆好きな言葉 何かをせずに後悔するよりも、やって後悔した方がいい

    ◇◇◇

     インドネシアのカカオ豆生産量は最新の国連統計でコートジボワールに次ぎ、ガーナを抜いて世界第2位だが、チョコレート製造に欠かせない発酵過程を経ていないため、成分のカカオバターが薬品やボディークリームなどに利用されるケースが多いという。

     インドネシアの中でも主産地のスラウェシ島で、吉野さんのプランに賛同し、発酵を手がける農家は当初、1、2軒だったが=写真は2011年1月=、現在は約20軒がグループを組織して実施している。

     店名(社名)の「Dari K」の「Dari」はインドネシア語で「~から」という意味。「K」はスラウェシ島の形がアルファベットの「K」に見えることにちなんだ。

    2013年04月27日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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