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    被災の子に進学の道

    寄付で塾クーポン贈る

    • クーポン券を手にする奥野。「子供たちに、周囲には応援してくれる人がいるということに気づいてもらえたらうれしい」と話す(兵庫県西宮市で)=長沖真未撮影
      クーポン券を手にする奥野。「子供たちに、周囲には応援してくれる人がいるということに気づいてもらえたらうれしい」と話す(兵庫県西宮市で)=長沖真未撮影

     その手紙を何度も読み返しては、奥野さとし(28)は頬を緩めた。

     差出人は、津波で自宅を流された岩手県宮古市の女子高校生である。

     <親と相談して学習塾をやめ、悔しくてたまりませんでした。おかげで塾に戻ることができ、志望校に合格できました>

     奥野は、兵庫県西宮市の公益社団法人「チャンス・フォー・チルドレン(CFC)」の共同代表。東日本大震災の被災児に、学習塾のバウチャー(クーポン券)を贈る活動を続けて3年になる。原資は、企業や市民からの寄付金だ。

     貧しい家庭の子供に就学や塾通いを支援する試みは「教育バウチャー」と呼ばれる。欧米が先行する制度で、日本ではCFCが嚆矢こうしとされている。

     これまで配ったバウチャーは延べ840人分、約2億円。年200人前後の定員に1200人以上の応募がある。「もっと寄付を募って多くの子供に届けたい」。奥野は語る。

     奥野を突き動かした原点は、予備校生だった2004年10月、古里・新潟を襲った中越地震だ。自宅を失った予備校の同級生が、避難所からの遠距離通学を強いられていた。見かねた奥野が予備校の寮長に直談判、空き部屋に級友を入れてもらった。

     あるとき、被災地に神戸ナンバーのクルマが多いことに気づいた。阪神大震災を経験した人がボランティアに駆けつけていたのだ。

     「関西の人に恩返ししたい。勉学の機会を奪われた子供たちにも手をさしのべたい」。その思いから関西学院大に進学し、同大学生がつくった教育支援のNPO法人「ブレーンヒューマニティー」に参加した。

     フィリピンのスラム街で家を建てる活動を中心に、学業そっちのけでのめり込んだが、起業を志して07年夏に退学、NPOも離れた。

     一時、住宅販売会社に就職し、建売住宅のセールスマンに。ところが会社はリーマン・ショックで経営破綻し、無職となった。交通整理のアルバイトで食いつなぐ毎日。「やりたいことが浮かんでは消え、自分探しに焦ってばかりいた」

     そんなときだった。東日本大震災が起きたのは。

     ブレーンヒューマニティーの理事長能島のじま裕介(38)に誘われ、震災直後から避難所運営を支えるボランティアとして仙台市に赴いた。

     そこで、親を亡くした男子高校生が、進学の道を閉ざされたことを苦に自殺した話を聞かされた。

     「あのときと同じだ」。予備校の級友を思い出し、熱い思いがこみ上げた。CFCはこうして生まれる。

     最初の1年。200社に電話し、面会の約束を取り付けたのは10社ほど。趣旨に賛同してくれたのはわずか1、2社。でも、あきらめない。セールスマン経験がタフにさせていた。今年度は企業50社、市民約250人が善意を寄せる。復興が進めば、関心は薄れ、浄財が集まらない可能性もある。だが、若いスタッフの先頭に立つ奥野に迷いはない。

     「子供たちの未来を仲間とつくっていきたい。難しいことや大変なことがあっても、みんなと一緒に乗り越えていく」(敬称略)

    (本部洋介)

     厚生労働省や文部科学省によると、貧困状態で暮らす人の割合を示す「相対的貧困率」(2009年)では、18歳未満の貧困率は15.7%。経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均13.3%(10年)を上回り、厚労省は、非正規雇用の拡大などによる世帯収入の落ち込みが主な要因とみる。

     CFCが被災地で配るクーポン券は、小学生から高校生まで学年に応じて1人年15万~25万円分。子供たちは提携する学習塾などに通う。大阪市はCFCの取り組みを参考に、西成区で12年9月、生活保護世帯の塾代などに充てられる教育バウチャー(1人月1万円)を導入、13年12月から全市に広げた。

    2014年07月13日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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