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    人の営み 掘り起こす

    不器用だけど全力で

    • ヘルメットをかぶり、作業着に身を包んで遺構を調査する桜田小百合。「現場が好き」と語る(大阪市内で)=長沖真未撮影
      ヘルメットをかぶり、作業着に身を包んで遺構を調査する桜田小百合。「現場が好き」と語る(大阪市内で)=長沖真未撮影

     職業は「掘り屋」。少しの照れと誇り、そして不器用なほどの真っすぐさをにじませ、桜田小百合(29)は、自分の仕事をこう呼んでいる。

     豊臣秀吉時代の石垣を発掘・公開するプロジェクトが進む大阪城。昨秋から徳川期の舗道跡や瓦片の出土が相次ぐ。桜田は、大阪文化財研究所(大阪市中央区)に所属する学芸員として、この調査に関わった。幼少からの夢だが、手順を踏んで実らせたわけではない。胸の内の「好きなこと」の針が示す方向に進むうち、この仕事にたどり着いた。

     「昔そこに、どんな人がいて、どんな営みがあったのか。痕跡をたどり、解き明かしていく作業は本当に楽しいですよ」

     生まれ育ちは静岡市。小学生の頃、美術鑑賞が趣味だった母と博物館巡りをしたのが、考古学との出会いだ。テレビ番組のエジプト特集を見たり、図鑑で恐竜について調べたりするうち、いつしか「考古学者になりたい」と思うようになった。

     中学・高校は運動系の部活に打ち込んだが、大学受験の頃、「私は何がしたいの?」と自問した。そういえば、子供の頃から史実を調べることが好きだった。受験のための「歴史」は嫌い。でも自分で「歴史」を掘り下げる面白さを覚えていた。専門学科のある滋賀県立大人間文化学部に進学を決めた。

     決定的な出来事があった。当時の教授で、今は奈良県立橿原考古学研究所の所長、菅谷文則(73)の講義だった。墓石と別に故人の略歴などを記した「墓誌」がテーマで、「残された情報から、死者の生前の姿をたどることができるのです」と聞いた。それまで他人の研究成果に感心するだけだったが、少しの手がかりを頼りに、自力で死者の過去をたどっていく学問がある。それが仕事になることも知った。迷わず菅谷ゼミの門をたたいた。

     考古学の研究職を目指した。「大学院に進んだら就職が難しいよ」。親切心から助言してくれる人もいた。だが夢を諦められず、進学を決めた。土器の大きさや厚みを測り、製図する「実測」が苦手で、深夜まで悪戦苦闘。独りぼっちの実習室で「やっぱり好きだけじゃ無理」と落ち込んでは顔を上げた。「やっぱり向いてない」と本当に自信を失ったとき、菅谷の言葉に救われた。「手が遅いのも悪くない。時間を掛ける分、遺物とじっくり向き合えるのだから」。何とか踏みとどまることができた。

     桜田は在学中に学芸員の資格を取得。院を修了後、大阪府や和歌山市での遺跡発掘に携わった。2012年4月、大阪文化財研究所の上部機関に当たる大阪市博物館協会に任用された。

     「頑固者」。自他ともにそう認める。協会は、主に教育委員会の委託を受けて埋蔵文化財の調査を行う公益財団法人だ。桜田はマンション建設に伴う小さな現場でも時間をかける。発掘を専門とする作業員の反発を買うこともあるが、「調査を尽くさないと、過去の痕跡が永遠に失われる」と一歩も引かない。「自分は不器用で何につけ自信がない。常に全力を出すより方法がない」

     過去に田んぼだった場所がその後、何世紀も荒れ地だった――。「何があったの」。調査の結果、先人の暮らしの一端がわかると、思わず胸が高鳴る。

     今も実測は苦手だ。まだまだ修業は足りないけれど、何とかやってきたことは誇りに思える。「次は発掘の成果を、多くの人に楽しく伝えるにはどうすればいいか、悩んでいます。ああ、また自分との闘いだ」

    (敬称略)

    (喜多俊介)

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    2015年09月27日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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