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    がん免疫薬逆転の発想

     関西の中堅製薬会社である小野薬品工業が、がんとの闘い方を大きく変えてしまう可能性を持つ画期的な治療薬を世界に先駆け、実用化した。体の中の免疫力でがんを治療する薬で、外科手術や放射線治療、化学療法に続く第4の治療法になりうると期待されている。(杉目真吾)

    15年かけ発売

    • 新薬の開発に向けて、新しい化合物の合成研究をする研究員ら(大阪府島本町の小野薬品工業で)=永尾泰史撮影
      新薬の開発に向けて、新しい化合物の合成研究をする研究員ら(大阪府島本町の小野薬品工業で)=永尾泰史撮影

     人の体が元々持つ免疫力を引き出すことで、がん細胞を撃退するがん免疫薬「オプジーボ」。研究開発に約15年かけ、2014年9月に治療が難しい皮膚がん向けを発売した。現在は20種類以上のがんへの適応拡大に向けた取り組みが進む。

     がん細胞は免疫細胞が自分を攻撃しないよう、うまくだまして免疫力にブレーキをかける仕組みを持つ。オプジーボは、ブレーキを外して本来の免疫力を発揮させる。従来は免疫細胞の攻撃力を高める薬が多かったが、ブレーキを外すという全く逆の発想だ。

     免疫細胞表面の「PD―1」という分子の働きを抑えると、がんへの免疫が活性化することを本庶たすく・先端医療振興財団理事長(74)らが2002年に発見したのが開発のきっかけだ。本庶氏は「体本来の力で治すので、あらゆるがんに効く可能性がある」と話す。

     薬の開発に時間がかかったのは、免疫療法が「いかがわしい」「胡散うさん臭い」といった見方をされてきたためだ。本庶氏が実用化に向けた開発を持ちかけても、多くの製薬会社が尻込みをしたという。

     小野薬品があえて取り組んだのは、製薬会社の多くが特定の病気に狙いを絞って治療薬の開発を進めるのに対し、自社の研究員がみつけた化合物を何かの病気の治療に役立てられないかという発想で創薬を進めてきたためだ。

     ただ、開発はその後も多難だった。臨床試験を始めるため、がん専門病院などに持っていっても、製薬大手などの抗がん剤が多く、十数番目に後回しにされた。断られてばかりで、相良暁社長(57)は「そんな薬を開発していたら、会社が潰れるよ」とまで言われたと振り返る。

     そうした中、開発担当者が、何十回と通い、一つ一つ患者の登録を積み上げた。

     こうした努力が実り、がん細胞の増殖を止めるだけでなく、小さくして、消滅させる治験結果が徐々に出始めると、国内外の医師や研究者らの見方が変わった。

     効果がみられない人が一定割合おり、その解決が今後の課題。開発本部長の粟田浩副社長(54)は「他の抗がん剤や免疫療法と組み合わせれば、効果が上がる可能性がある」と、併用療法などの開発に取り組んでいく。

    「次の一手」求め

     製薬業界では、薬の特許が切れると、安い後発医薬品が参入するため、利益を稼ぎ続けるには「市場を独占するような新薬を投入し続ける」(相良社長)必要がある。欧米でも大きな売り上げが見込まれるオプジーボもいずれ、特許切れを迎える。売上高が伸びるほど、その反動も大きく、次の一手が求められる。

     相良社長は「世界最高水準の知見や技術を学ぶ姿勢が大切」と言い、米国と欧州に専門担当者を配置し、世界中の大学や研究所、バイオベンチャーの最新成果を調査する体制を整えた。研究開発にあたる研究員を送り込むなど、大手に負けない布陣を敷き、今後の成長につながる新薬の種探しを進めている。

     

    研究開発に売上高の3割

    相良暁(さがら・ぎょう)社長 57

     当社の創薬は「規模ではなく質」をよりどころにしてきました。研究開発に売上高の約3割を投じており、この比率は他社を圧倒する水準です。さらに投資を増やして成長を加速させていくつもりです。

     その成長ドライバーとなるのが、がん免疫治療薬「オプジーボ」です。様々ながんを治すことができる可能性を持っています。この薬の価値を最大化するのが当面の課題で、併用すると治療効果があがる抗がん剤や、薬が効く患者とそうではない患者を判別する「バイオマーカー」を探す研究を進めています。

     がん領域専門のMRもこれまでの30人から180人に体制を拡大し、営業体制を強化しました。

     がん免疫薬の市場は今後、何兆円という規模に成長するでしょう。当社とパートナー企業とでその半分は取っていきたい。ただ、この市場には、世界の製薬大手が豊富な資金と人材を投入して参入してきており、競争は厳しさを増す一方です。

     当社は、オプジーボが20種類を超えるがんの治療薬になるか研究開発を進めています。肺がんや胃がんなど治療が難しくて患者数が多いがんの治療薬でトップに立ちたい。こうした分野で世界のライバルに対抗していくためにはスピードが大事になります。複数の国や地域で同時に臨床試験を実施し、世界同時での承認を目指します。

     当社は来年、創業300年を迎えます。当初は病院などから相手にされなかったがん免疫薬を、粘り強い研究開発と、効果を説いてまわった泥臭い熱意で生み出すことができました。この強みを忘れず、世の中の役に立つ会社であり続けます。

     

    イチ押し

    • コンパス用。認知症にまつわる情報を集めて開設した専門サイト。
      コンパス用。認知症にまつわる情報を集めて開設した専門サイト。

     国内初の貼るタイプのアルツハイマー型認知症治療剤を2011年7月に発売したのを機に、医療や介護に関わる人たちの専門サイト「笑顔とこころでつながる認知症医療」を立ち上げました。製薬会社の立場だけでなく、患者や家族の視点からも考えようと、全国で取材した記事を掲載しています。裕木奈江さんらが出演し、認知症の症状や対応へのヒントをまとめた啓発ドラマ「バアちゃんの世界」はこれまでに20万回も再生されています。(谷幸雄・広報部長)

     

    こんな会社

     1717年、初代伏見屋市兵衛が大阪・道修町で薬種商として創業。1947年に製薬会社の小野薬品工業として設立した。

     新薬の研究開発に力を入れており、水無瀬(大阪府島本町)、福井(福井県坂井市)、筑波(茨城県つくば市)に研究所を置く。欧米のバイオベンチャーや大学などの研究機関と提携してグローバル展開も図っている。

     2014年9月に発売したがん免疫治療薬オプジーボは世界的な大型薬になると期待されており、皮膚がんに続いて、一部の肺がんの治療薬として効能追加が承認された。

     2015年3月期の連結売上高(国際会計基準)は1358億円、税引き後利益は129億円。従業員数は2987人(15年9月末、連結ベース)。

    2016年02月06日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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