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    生命科学を変える(4) 生殖細胞作製 どこまで

     iPS細胞から精子や卵子を作り出す研究が進展し、不妊症の治療に役立つと期待されている。一連の研究をリードしてきたのが、京大教授の斎藤通紀(46)だ。

     斎藤はマウスのiPS細胞を、精子や卵子のもとになる「始原生殖細胞」に変え、精子が作れないマウスの精巣に移植し、5年前、成熟した精子ができることを確認。始原生殖細胞をマウスの卵巣に移植し、卵子を作ることにも成功した。昨年には、人のiPS細胞でも始原生殖細胞を効率良く作製できるとする論文を発表した。

     斎藤が生殖細胞の研究に力を入れるのは、受精卵から動物の個体が成長する過程に、未解明な部分が多いためだ。例えば、マウスと霊長類では受精卵から成熟する過程が異なる。「iPS細胞から生殖細胞を作る研究は、多様な生物の種がどのように形成されるかという重大な問いに答えることにつながる」と強調する。

     京大で斎藤と共同研究し、2014年から九州大教授を務める林克彦(44)も今年10月、マウスのiPS細胞から体外で卵子を作ることに世界で初めて成功したとする論文を、英科学誌ネイチャーに発表した。

     iPS細胞を始原生殖細胞に変化させた後、卵巣のもとになる体細胞などを加え、約5週間培養。1回の実験あたり683~1210個の卵子が作製できた。

     この卵子の全てを雄の精子と体外受精させ、別の雌に移植した結果、0・3~0・9%という低い確率ながら、赤ちゃんが誕生。誕生したマウスの健康状態に異常は見あたらなかった。林は精子も体外で作り出せる可能性があるとみている。

     一方、生命倫理の視点から、こうした研究はどこまで許されるのかという議論も起きている。

     「iPS細胞で作った精子と卵子の受精は国の指針で禁止されているが、機能を調べるには、受精させてみる必要がある。どうするべきか。新たな倫理的な課題だ」。10月22日夜。研究者や宗教者らが出席して、京都市右京区の妙心寺退蔵院の一室で開かれたシンポジウム「iPS夜話」で、出席者の一人がそう訴えた。

     不妊症治療への期待がある一方、iPS細胞は髪の毛などからも作製できるため、理論的には本人の知らないところで精子や卵子が作られる恐れもある。

     社会の想定を超える倫理的な課題と向き合いつつ、iPS細胞は、“生命の神秘”に迫る研究を加速させている。(敬称略)

    2016年11月25日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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