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    生命科学を変える(5) ゲノム編集で難病治療

     iPS細胞(人工多能性幹細胞)研究の進展に、遺伝子を自在に書き換える「ゲノム編集※」技術が大きな役割を果たそうとしている。難病患者からiPS細胞を作り、ゲノム編集で病気の原因遺伝子を修復できるかもしれないからだ。

     京都大iPS細胞研究所講師の堀田秋津(38)は2014年、筋肉が徐々に衰える遺伝性の難病「筋ジストロフィー」のうち、発症数が最も多いデュシェンヌ型の患者からiPS細胞を作製し、ゲノム編集で細胞内の原因遺伝子の変異を修復できたとする論文を米科学誌に発表した。

     デュシェンヌ型は、ジストロフィンと呼ばれるたんぱく質を作る遺伝子の変異が原因で発症する。この変異を修復した後のiPS細胞を、筋肉の細胞に変化させたところ、ジストロフィンが正常に作られることが確認できた。

     堀田はカナダで遺伝子工学の研究を終えた10年3月、現在の研究所の前身となる京大iPS細胞研究センターの公募を経て、主任研究者に採用された。センター長だった山中伸弥(54)からは、「iPS細胞の遺伝子を効率良く変える技術をつくってほしい」と辞令を手渡された。

     将来的に、ゲノム編集で患者のiPS細胞から正常な筋肉の細胞を作り、患者に移植して治療できる可能性もある。堀田は「これまで困難だった難病治療に光が見えてきた」と手応えを語る。

     広島大准教授の嶋本顕(51)も、国内で4万人に1人が発症するとされ、急激に老化が進む早老症「ウェルナー症候群」の患者に、iPS細胞とゲノム編集を組み合わせる治療構想を練る。

     成熟した細胞から受精卵に近い状態まで戻るiPS細胞は、“若返った細胞”と言える。「このメカニズムを調べることが、iPS細胞とは逆の現象である早老症の研究につながるはずだ」と嶋本は語る。

     この病気は、皮膚が弱くなり、激しい痛みを感じる患者も多い。「患者から作製したiPS細胞の遺伝子をゲノム編集で修復し、皮膚の細胞に変えて移植する再生医療を実現したい」と意気込む。

     今年1月、東京都医学総合研究所(世田谷区)の再生医療プロジェクトリーダーに就任した宮岡佑一郎(35)は、肝臓などの病気の治療にiPS細胞とゲノム編集を応用する研究を進めている。

     宮岡は、山中が上席研究員を務める米グラッドストーン研究所で、11~15年、最先端のゲノム編集研究に携わってきた。「生命科学は、iPS細胞とゲノム編集という二つの武器を手にしたことで、研究の幅が大きく広がっている」と強調する。

     山中がiPS細胞を開発してから10年。再生医療や治療薬の開発で、難病患者を救うという道筋が見えてきた。今後も多くの研究者、国、企業が関わることで、この国産技術が大きく進展することが期待されている。

     ※ゲノム編集 DNAを切断する「はさみ」役の酵素などを使い、狙った遺伝子を壊したり、別の遺伝子を加えたりできる技術。2012年以降、欧米で安価で簡便な方法が開発され、世界中で普及した。

    (敬称略、『iPSの10年』おわり)

    (竹内芳朗、諏訪智史が担当しました)

    2016年12月09日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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