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    {知る} ウイルス、生物進化に一役

    遺伝情報組み込む → 知能発達、抵抗力アップ

     インフルエンザやエイズ、エボラ出血熱など重い感染症を引き起こすウイルス。人類の生存を脅かす恐ろしい存在だが、太古の昔から、あらゆる生物の進化と繁栄を陰で支えてきた恩人でもある。遺伝情報をひもとけば、生物とウイルスの共生の歴史が見えてくる。(山崎光祥)

     

     

     「哺乳類が爬虫はちゅう類にはない性質を獲得し、知能を発達させることができたのは、ウイルスのお陰かもしれない」

     理化学研究所の松井毅・副チームリーダーは指摘する。松井さんらは、哺乳類が持つ遺伝子「サスペース」が皮膚に保湿成分を与え、しっとりとした肌を作っていることを突き止め、2011年に論文発表した。この遺伝子は、ウマに感染するウイルス「EIAV」の遺伝情報とよく似ていた。

     ウイルスは自力で増殖できない。EIAVが属する「レトロウイルス」という種類は、感染すると、宿主の細胞の中にあるDNAの一部を切り、自らの遺伝情報を忍び込ませる。そして、宿主の細胞が遺伝子を増やす仕組みを利用して自らを増殖させていく。

     ある生物がウイルスに集団感染したとする。ウイルスが遺伝情報をその生物の生殖細胞に忍び込ませると、その子は、全身の細胞にウイルスの遺伝情報が組み込まれた状態になる。

     そして、ウイルスの遺伝情報を組み込まれたことがその生物の生存に有利に働くなどすれば、組み込まれた状態は子々孫々まで伝わっていくと考えられている。これが、ウイルスの「内在化」と呼ばれている。

     2億年前、現れたばかりの哺乳類の祖先にEIAVと似たウイルスが内在化したらしい。松井さんは「ウイルスによって皮膚が柔らかい特徴を持てたから、わずかな外界の変化も感じ取れるようになり、知能の発達が促されたのだろう」と想像する。

     

     ◇

     

     人間のDNAには、大昔に内在化した様々なレトロウイルスの痕跡がある。これらは「ウイルス化石」とも呼ばれている。人間のDNAのうち、たんぱく質を作る遺伝子が2%なのに対し、ウイルス化石が由来とみられる部分は8、9%に達する。

     妊娠に欠かせない遺伝子「シンシチン」もその一つだ。2500万年前に内在化したレトロウイルスであると、米国の研究チームが確認した。

     シンシチンには胎盤を形成する働きがある。胎児の細胞と子宮の壁をつなぐ膜を作る。膜は母体から運ばれてくる栄養や酸素を通し、妊娠の維持に必要なホルモンを分泌する。

     他にも、ウイルスが内在化したことによって、植物が乾燥に耐えられるようになったり、感染症に対する動物の抵抗力が強くなったりした例が知られている。

     内在化したものの、何の役に立っているのかよくわからないウイルスもいる。

     シロイヌナズナなどの植物に内在化している「パルティティウイルス」は、たった二つの遺伝子しか持たない。解析した岡山大の近藤秀樹准教授は「特に取りえがないようで、存在意義は未解明だ。どうやってゲノムに入ったのかもよくわからない」と首をかしげる。

     

     ◇ウイルス化石で動物の系統を探る研究も進む。

     

     

     京都大の宮沢孝幸准教授らは、イエネコが約1万年前に中東で家畜化され世界各地に移動した経路を研究。19種類141匹の血液を集め、「RD―114」というレトロウイルスがDNAのどこに内在化しているかを手がかりに分類した。

     すると、欧州で飼われている「ヨーロピアンショートヘア」と北米の「アメリカンショートヘア」などが同じグループと分かった。このネコの祖先が1620年にメイフラワー号で英国から北米へ運ばれたという史実が裏づけられた。

     宮沢准教授は「同じ手法で、朝鮮半島から渡ってきたとされるニホンザルなど、様々な動物のルーツも探りたい」と話す。

     

     ◇病気の起源が見えてくる

     

    • 京都大の朝長啓造教授
      京都大の朝長啓造教授

     

     こうしたウイルスの内在化はレトロウイルスという種類でだけ起きると考えられてきた。ところが、京都大の朝長啓造教授=写真=は別の種類のウイルスの化石を世界で初めて発見した。ウイルス化石を研究する意義を聞いた。

     我々が発見したのは、ウマやヒツジに重い脳炎を起こす「ボルナウイルス」の化石だ。人間を含む幅広い生物で確認されたが、ウマやヒツジには見あたらない。内在化が病気の発症を抑えている可能性があることが分かった。

     我々の発表後は世界中で研究が進み、レトロウイルスに属さない別の種類のウイルス化石が相次いで見つかった。

     なぜ生物は侵入者であるウイルスを内在化させたのだろうか。進化の過程で有効利用したこと以外に、内在化したウイルスを排除する仕組みがなかった、という理由も考えられる。どれも正しいのだろう。

     生物には、まだ知られていない内在化の痕跡がたくさんあるはずだ。研究すれば、病気の起源、感染の真の意義などが分かり、新しい抗ウイルス薬やワクチンの開発につながる可能性もある。

    2017年06月23日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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