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    霧ヶ峰(三菱電機)

    新型ファン半世紀ぶり新風

     三菱電機の「霧ヶ峰 」は1967年に誕生した家庭用エアコンの長寿ブランドだ。昨年10月に発売した「FZシリーズ」は業界の常識を覆す世界初の仕組みに刷新し、大きな進化を遂げた。(井岡秀行)

    恨み節

    • 半世紀ぶりにファンの形状を変更した「霧ヶ峰」を開発した三菱電機の山田彰二さん(右)と松本崇さん(静岡市の三菱電機静岡製作所で)=永尾泰史撮影
      半世紀ぶりにファンの形状を変更した「霧ヶ峰」を開発した三菱電機の山田彰二さん(右)と松本崇さん(静岡市の三菱電機静岡製作所で)=永尾泰史撮影

     「なんてモノを作ってくれたんですか」

     2015年暮れ、FZの開発担当者、山田彰二(47)は業界団体の会合で他社の技術者から冗談交じりに恨み言をぶつけられた。FZは車の燃費にあたる「通年エネルギー効率」で前モデルを3%も上回っていたからだ。コンマ以下の数値を競う業界では突出した数値だ。

     エアコンは「ラインフロー」という円柱形のファンを回して気流を生む。本体とほぼ同じ長さで、左右の風量や温度を変えることは難しいが、部屋全体に送風できる。68年に三菱電機が開発、業界標準となった技術だ。

     これに対し、FZはプロペラ型の二つのファンが独立して回転する。暑さを感じている人に片方のファンで強い冷風を送り、もう片方は回転を抑えて全体の室温を一定に保つ。省エネにもつながる。

     7年がかりで製品化した。山田とともに開発にあたった松本崇(44)は「暑がりの人と寒がりの人が同じ部屋にいるときにどうするか、という長年の課題を解決できた」と言う。

    中断

     12年冬、松本は東京の本社近くにある居酒屋で、暗い表情で杯を傾ける山田に出会った。エアコンの生産拠点である静岡製作所(静岡市)の同僚だ。

     山田は元々、兵庫県尼崎市の研究所で発電機などの効率を追求してきた流体工学の専門家。08年にプロペラの仕組みを発案、「自分で商品にしてこい」と静岡に送り込まれた。

     従来型と同等の性能を実現するめどが立ち、海外向けの一部の製品への搭載にこぎ着けた。ところが、山田はこの日、本社に呼ばれて中止を命じられ、「頭が真っ白になった」。松本の励ましも耳に入らなかった。

    革新

     量産の中止は、「世界一厳しい日本市場で主力になる製品に磨き上げるべきだ」と上司が判断したためだった。新たに、松本が開発に加わることになった。

     最大の課題は、プロペラを回すモーターだった。世界中の製品を試したが、エアコンに搭載できる効率性と静音性を両立できるものはなかった。ベルトで駆動させる方法を試すなど1年半の模索の末、多額の費用がかかるため選択肢になかったモーターの内製化が決まった。松本は「失敗は許されないという重圧が逆に高まった」という。

     松本は97年の入社以来、静岡でエアコンを設計してきた。今回はラインフローを前提にしたエアコンの構造を一から見直すことを迫られた。

     例えば、風の温度を調整する熱交換器は、ラインフローの場合は中央のファンを包むように置かれる。風の当たる面積が増えて効率が高まるためだ。

     新型機はプロペラが空気を取り込める天井部に置く必要があり、上からの風に適した「W字」形の熱交換器にして風の当たる面積を増やす工夫に行き着いた。プロペラも羽根の枚数や形を変えて数十回の試作を続け、山田は「こんな構造、思いつかなければ良かったと思った。最後は意地だった」と振り返る。

     霧ヶ峰は近年、人の体温を検知して気流を調整するセンサーを売りにしてきた。山田らにとってFZは「センサーという『目』に、気流を制御する『手足』の性能が追いついた」自信作だ。売れ行きは好調で、近く海外でも発売する。(敬称略)

     

    霧ヶ峰

     かつてのエアコンは冷房専用で、「爽やかな風を想起させる名前」として各地の避暑地の中から霧ヶ峰が選ばれた。窓設置型の「軽井沢」、床置き型の「上高地」もあったが、壁掛け型が主流となって霧ヶ峰だけが残った。累計販売台数は3000万台超で、1995年に長野県諏訪市から知名度向上に貢献したとして感謝状が贈られた。FZシリーズ(税抜き31万~43万円前後)は昨年度の省エネ大賞で最高の経済産業大臣賞に選ばれた。

     

    幅広い事業相乗効果生む

    柵山正樹(さくやま・まさき)社長 64

     2003年に半導体事業を大幅に縮小し、08年には携帯電話からも撤退した。いずれも、規模の大きさで勝負が決まる事業だ。

     多額の投資が必要で、成功したときのリターンも大きい。我々はその道を追わず、強みを発揮できる事業に絞って磨いてきた。「地味」とか「堅実」とか言われることもあるが、業績で評価してもらえばいい。

     「選択と集中」とよく言われるが、「選択」はしても「集中」はしていない。エレベーターや産業機械、人工衛星など「家庭から宇宙まで」と表される幅広い事業を手がけており、何か一つに依存していない。それぞれが省エネ性能などで強みを持っている。

     家電は柱の一つ。当社が日本で発売している家電はすべて国内製だ。海外製品に負けないように、モーターなどの部品にも徹底してこだわり、競争力や性能の向上を常に追求している。電機業界では家電から撤退する動きもあるが、当社は黒字続きだ。三菱ブランドを知ってもらう上で、今後も重要だ。

     最近、社内で言っているのは、事業間の相乗効果をどう生み出していくかだ。エレベーターの担当者が照明やエアコンも一緒に売り込むなど、事業部の「壁」を取っ払い、幅広い事業を手がける強みをさらに発揮していきたい。

     

    こんな会社

     三菱造船(現・三菱重工業)の電機機器部門が母体となり、1921年に神戸市で創業。本社は東京に移ったが、兵庫県に工場や研究所が多く、社員の約4割が関西で勤務している。2009年からは入社式を神戸市で開いている。16年3月期の売上高は4兆3943億円、従業員は13万5160人(いずれも連結)。電機業界は業績の変動が激しいが、13年連続で税引き後利益の黒字を続けている。

    2016年06月08日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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