<速報> 稲田防衛相が辞任を表明…PKO日報問題で
     
    
    文字サイズ

    パインアメ (パイン)

     定番の強み他社とコラボ 

     

     パイン(大阪市天王寺区)が1951年に売り出した「パインアメ」 は、パイナップルの輪切りをイメージし、穴の開いた黄色いキャンディーだ。独特の甘酸っぱい味は60年以上にわたって親しまれてきた。近年は「定番」の強みを生かしたユニークな取り組みで、ブランド力に磨きをかけている。(井岡秀行) 

     

    • ライダースジャケットの仕上がりを見るパインの井守さん(中央)と、THEモンゴリアンチョップスの安藤さん(左)、山本さん(右、大阪市天王寺区で)=里見研撮影
      ライダースジャケットの仕上がりを見るパインの井守さん(中央)と、THEモンゴリアンチョップスの安藤さん(左)、山本さん(右、大阪市天王寺区で)=里見研撮影

     黄色いジャケット 

     

     アパレルブランド「THEモンゴリアンチョップス」が本拠とする大阪・新世界で4月に開催中の新商品の展示会。バイヤーの目をくぎ付けにしているのが、黄色いライダースジャケットだ。パインアメをモチーフにした刺しゅうを背中にほどこし、左前面のポケットはアメの袋が収まるサイズだ。税抜き4万8000円と高額だが、受注が続いている。

     今年の秋冬商戦の目玉として、代表の安藤仁彦(30)とディレクターの山本健太(30)が、パインに企画を持ち込んだ。「『大阪のおばちゃん』が知り合いにアメを配る親しみやすい大阪の文化をファッションで表現したい」と考え、アメと言えばパインアメと、「駄目もとで提案した」という。

     提案を受けたパイン開発部企画課の井守真紀(40)は「ジャケットとパインアメが結びつかず、頭の中は『?』がいっぱいだった」と話す。

     最初は「どうやって断ろうか」と上司の木下堅太(49)と相談したが、会社を訪れた2人の思いを聞き、経営陣に報告すると「面白いやないか」とすぐにOKが出た。

     パインは2011年以降、他社とのコラボレーション(共同制作)製品を相次いで開発している。食品だけではなく、衣類や雑貨などにも広がり、「常に三つくらいの企画を並行して進めている」(井守)という。

     定番の強みに着目した他社からの依頼ばかりで、木下は「『パインはこんなのもやるのか』と評判が広がり、提案が舞い込んでくる。今の取り組みが、次の話を持って来てくれる」と話す。

     

     SNSで発信 

     

     夏場は、アイスや飲料に顧客が流れ、アメの販売は苦戦する時期だ。パインアメも例外ではないが、克服する取り組みも始まった。

     日本記念日協会は15年、8月8日を「パインアメの日」に認定した。パインアメを縦に並べると「8」に見えることが由来で、井守の発案で記念日協会に申請した。

     16年はお笑いコンビ・キングコングの西野亮廣(36)を「特命配布主任」に任命してパインアメを配ってもらう企画を行い、「夏場の注目度が高まり、安売り競争を免れるようになってきた」(木下)という。

     取り組みを盛り上げるのが、10年に開設した公式ツイッターだ。同じ輪型で鳴らすことができるコリス(大阪市)の「フエラムネ」と混同されることをネタに、パインアメは「鳴るように作っていません」と投稿するなど、独特のとぼけたつぶやきが人気だ。フォロワー(閲覧者)数は食品業界でも屈指で、約10万人に及ぶ。

     15年には、通販大手ニッセンの公式ツイッターと共同でアメの新製品のアイデアを募集し、「ラーメンスープあめ 豚骨味」を限定発売する「悪ノリ」ぶりで話題を集めた。

     井守は「パインアメの商品力、ブランド力があってこその取り組みだが、他社と違う面白いことやってみろという社風も大きい」と話す。「定番」に安住せず、消費者を飽きさせない工夫を続けていることも息の長い人気につながっている。(敬称略) 

     

     

     

     終戦後、当時は高級品だったパイナップルの缶詰に着想を得て開発した。砂糖と水あめをベースに、パイナップル果汁、香料などを入れ、誕生当時は瓶詰で1粒1円だった。現在は120グラム入りで税込み162円。トレードマークの穴は「より本物らしく」とのこだわりから生まれた。最初は社員が割り箸で開けていたが、1953年に独自開発の「自動穴開け機」が完成した。詳細な製法は門外不出という。2016年度は約5億粒が売れた。 

     

     

     

     

     上田豊(うえだ・ゆたか)社長 67 

     

     

     製法や味磨く余地あり 

     

     パインアメの味は昔と一緒と言われるが、実は違う。2~3年に1度、顧客の好みに合わせて少しずつ変化させている。

     もっと濃厚な味わいにすることもできるが、それでは1個食べたら終わり。食品はうますぎたら駄目になる。もう1個食べようと、手を出したくなる感覚をどう演出するか。自分たちの舌を信じてやってきた。

     値段で戦うのではなく、創意工夫を重ねて商品の強みを磨いていけば、自然と売り上げはついてくる。

     2002年に、無認可の添加剤を使用していたことでパインアメも含めてほぼ全商品を自主回収したことがある。業界では「パインはもう、あかん」と言われたが、菓子問屋が「定番のパインアメを守れ」と出荷の再開後にすぐに店頭に商品を並べてくれた。

     商品の強さに加え、会社として真っ当にやってきたことが認められ、うれしかった。赤字だったのはこの年だけだ。16年度も増収だった。

     パインアメにはまだまだ、磨く余地がある。原料のパイン果汁は購入しているが、将来はパイン農園を自社で運営したい。製法も工夫し、のどをすっと通るような感覚を出したい。やらなければならないことは山ほどある。長く続けていくという思いがあれば、製品は絶対に続いていく。 

     

     

     

     上田豊社長の父、保夫氏が1948年に大阪市で「業平製菓」として創業し、81年に現在の社名となった。パインアメは売上高の約3割を占め、84年には菓子業界の祭典「全国菓子大博覧会」で最高賞の名誉総裁賞に選ばれた。「あわ玉」などのロングセラーもある。全製品を生産する工場は滋賀県草津市にある。従業員は105人(3月時点)、売上高は非公表。

    2017年04月19日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
    リンク