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    社会復帰へ「助走」職場

    • 笑顔が絶えない「お弁当ハウスいちご」。「安くておいしい」と地域からの注文も増えてきた(大阪市阿倍野区で)=近藤誠撮影
      笑顔が絶えない「お弁当ハウスいちご」。「安くておいしい」と地域からの注文も増えてきた(大阪市阿倍野区で)=近藤誠撮影

     内閣府が昨年、アルコール依存症者のイメージを聞いた国民の意識調査がある。最多は次の結果だった。

     「暴言を吐き暴力をふるう」――51・7%。

     約20年前、依存症者の就労や生活を応援する施設「リカバリハウスいちご」(大阪市東住吉区)の開設に向け、場所探しに奔走していた所長の佐古恵利子さん(61)も、幾度となく不動産会社から「凶暴なのでは?」などと拒絶にあった。

     実際には、支援対象の大半は、病院や自助グループとつながり、酒を断ち社会復帰を目指している。「優しく、気のつく方が多い」(佐古さん)というが、世間はそうみない。発案から土地探しを経て、1999年にオープンするまで6年かかった。

     運営には行政の補助金も不可欠だが、こちらも「酒をやめれば、一般の職場で働けるのでは」と当初は施設の必要性に疑問を示された。だが、いきなり普通の職場に出るとどうなるか。

     典型例がある。

     調理師として居酒屋や料亭で働いていた大阪市の大森良介さん(41)(仮名)。酒が身近な職場で依存症になり、7年前に専門病院に初入院。退院後も技術を生かして、飲食店で働いた。病歴は偏見を恐れて「肝臓の病気」とごまかした。

     だが、職場では同僚から「少量ならいい」「休肝日をつくれば大丈夫」と酒に誘われ、飲酒。「飲みニケーション」を拒めず、病院に再入院する羽目になった。

     「まだ酒のある場所に近づいてはいけなかった」。良介さんの苦い教訓だ。

     「だから病院や自助グループと連携し、専門施設での助走期間が必要なんです」と佐古さんは言う。

     現在、「いちご」の名を冠した関連の専門施設は大阪市と兵庫県尼崎市内に8か所。100人以上の依存症者が利用する。症状に応じ、施設内での軽作業から、協力施設・企業の清掃などまで仕事は幅広い。

     病院の紹介で良介さんも1年半前から、「お弁当ハウスいちご」(大阪市阿倍野区)で働き、注文に応じて弁当を作っている。

     30日、店を訪ねると、良介さんは一緒に働く断酒仲間たちの中で、ひときわ手際よく、調理や盛りつけをこなしていた。

     「年内はここで働き、一般の職場で働ける土台作りをします」と言う。次も飲食店で? そう聞くと「酒の誘惑も多いし……」と揺れた。そのためにヘルパーの資格も取ったという。

     地域も変わってきた。

     約30人のいちご利用者が働く特別養護老人ホーム「花嵐からん」(同市東住吉区)。職員たちは「みなさん、横着もせず、本当によく働く」と舌を巻く。「最初は怖いマイナスイメージもあったけど、いまは頼り切ってます」と話す職員は、受け入れは慈善活動ではなく「戦力になるから」と言った。

     「依存症は地域で支える病気」が持論の佐古さんは「少しずつ体制が整ってきた」と手応えを口にする。

     次のステップは、まだ局地的な地域の理解と協力をいかに広げるかだ。

                   ◇

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    2017年01月31日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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