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    家族矛盾する思い

    悩み、苦しみながら前へ

    • 「『もう元気です!』とはまだ言えないけど、前には進んでいるのかな」。栞さんは死んだ父を受け入れ、自分の人生を歩み出した(大阪市で)=近藤誠撮影
      「『もう元気です!』とはまだ言えないけど、前には進んでいるのかな」。栞さんは死んだ父を受け入れ、自分の人生を歩み出した(大阪市で)=近藤誠撮影

     アルコール依存症の現場報告は、今回が最終回となる。まずは登場人物たちの後日談から始めたい。

     依存症から回復しようとする者が集う「堺市泉北断酒会」の松井直樹会長(55)からは今月上旬、一通のメールが届いた。

     「また仲間が一人、亡くなりました」

     同じ年齢のその男性は十数年間、断酒していたが、数年前に仕事でつまずき再飲酒。次第に顔を見せなくなり、自宅で独り飲み続け、今月、衰弱死した。

     男性の携帯電話の発着信はほとんどが断酒会のメンバー。「俺は酒やめられへん」と酔ってかけてきた男性の声を松井さんは忘れられない。「断酒会も万能ではなく、時には無力です」。言葉に無念さがにじむ。

     一方、同じ断酒仲間の飯田保さん(44)(仮名)は新たな人生を歩んでいる。商社の仕事、妻子との家庭。全てを酒で失ったが、今は老人ホームの調理場などで働く。「将来は介護職に」と目標も定まった。別れた妻子とは最近、無料通話アプリ「LINE」でやりとりするようになった。保さんは前を向く。「今日も飲まずに、生きていきます」

     連載初回に紹介した東北地方の乾幸代さん(50)(仮名)は、暴力を振るい始めた依存症の夫(52)との別居が5か月目に入る。

     「否認の病」の別名通り、夫は誰からの説得も拒み、いまも飲み続けている。同じように治療を拒み続けて死んだ私の父と重なり、幸代さんの苦悩は人ごとでなかった。電話すると努めて快活な口調の中に、迷いがにじむ声が返ってきた。

     「夫を忘れたい。けど思い出す。別れたい。でも助けたい。回復を待つ妻ってけなげだと思っていたけど、バカみたいだよね」

     現実は厳しい。でも必ず道はある。幸代さんがその道を見つけられるまで、私は伴走を続けようと思う。

                                     ◎

     最後に多数の反響から関西の大学生、後藤しおりさん(23)(仮名)の体験を紹介したい。5年前、依存症の父を亡くした。当時の鮮明な光景があるという。

     「痛い、痛い」。足が悪く、四つんばいで歩く認知症の祖母を、酒でろれつの回らない父が「早く歩け」と殴りつけていた。

     祖母は泣き、母、妹、自分は無言で見つめていた。「みんな感情をシャットアウトしていました」

     高校3年の冬、父は「やっと死んだ」。栞さんは第1志望の大学に合格し、解放感に包まれた。

     なのに新生活に入ると、布団から出られない。精神科に駆け込んだ。父の記憶の重さを思い知った。

     そこから、だ。「記憶から目は背けられない。徹底的に向き合おう」

     あの光景を何度も何度も思い起こした。依存症の本を読み、大学で学び、体験者の声も聞いた。少しずつ事実を受け止め始めた。

     「今は、しょうがなかったって思える。でも、苦しんできたのはアイツのせいとも思う。浮きつ沈みつ、日常を取り戻しています」

     栞さんの話を聞きながら、考えていた。私のこれまでの取材も、父の死を受け止めるための作業だったのではないかと。できれば封印しておきたかった父の記憶。筆は終始、重かった。

     でも今は――父をゆるすことができたように思う。この連載は、父との伴走でもあった。

    (社会部 上村真也)

    (おわり)

    2017年03月20日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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