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    「操る」(5) やけくそ実験 iPSの一歩

    着目の24遺伝子 全部まとめて

     「(成功したのは)何かの間違いだろうと思った。やけくそ実験だったから」

     iPS細胞(人工多能性幹細胞)を世界で初めて作製した京都大教授の山中伸弥(55)は、後日の講演などで、初めてマウスで成功した実験について明かしている。

    • 人のiPS細胞の作製を発表した当時の山中研究室。実験結果について報告する高橋(右端)と意見を交わす山中(右から2番目)(2007年11月、In京都市左京区で)
      人のiPS細胞の作製を発表した当時の山中研究室。実験結果について報告する高橋(右端)と意見を交わす山中(右から2番目)(2007年11月、In京都市左京区で)

     体の細胞を受精卵のような状態に戻す研究をしていた山中は2004年10月、奈良先端科学技術大学院大から京大へ移った。当時、成功の鍵として着目した遺伝子は24個。どの遺伝子を入れれば細胞が狙い通り「初期化」するか、突き止める必要があった。

     指示を受けた京大の高橋和利(40)(現米グラッドストーン研究所研究員)は、遺伝子を1個ずつマウスの細胞に入れる24通りの実験を行った。そして、全て失敗した。

     複数の遺伝子を同時に入れれば成功するのか。しかし24個ある遺伝子の組み合わせの数は、膨大になる。

     「面倒だから、24個全部まとめて入れてみよう」

     どちらが言い出したか、もう2人ともよく覚えていない。約2週間後、初期化した細胞ができたことを示す多数の細胞の塊が、シャーレに出現した。どの細胞にも、24個の遺伝子がほぼ全て入っていた。

     「正直言って、入りすぎ。その後の絞り込みが大変だった」(高橋)。今度は遺伝子を1個ずつ減らして実験し、4個の遺伝子でiPS細胞ができることを突き止めた。山中と高橋は06年8月、国際的な科学誌に論文を発表した。

     次に目指したのは、人のiPS細胞の作製だ。マウスの実験では、ネズミの仲間の細胞だけに感染する特殊なウイルスを24個の遺伝子の「運び役」にした。人の細胞では使えないが、かといって人に感染するウイルスを日常の実験で使うことは避けたい。

     「マウスで成功したウイルスを人の細胞で使えたら」

     山中は、実験で使う人の皮膚の培養細胞に目を付けた。マウスの細胞表面にあるたんぱく質を作る遺伝子を一つ加え、マウスのウイルスが感染できる細胞にした。この方法なら、人に感染するウイルスを1回使えば、後はマウスのウイルスで実験できる。

     人のiPS細胞の作製に成功した山中らは、07年11月、再び論文を発表。iPS細胞と山中の名は、一般にも広く知られるようになった。

     本当に大変なのは、この後だった。山中の目標は、iPS細胞を再生医療で日常的に使われるような、実用的な技術として確立することだ。

     そのためには、iPS細胞を人に安心して移植できる、安全な細胞にすることが大前提となる。運び役のウイルスを含め、iPS細胞の作り方は一から見直しとなる。

     山中の執念に応えたのは、弟子たちだった。

     iPS細胞の作製に使う4個の遺伝子のうち1個は、がんとの関係が深い。京大iPS細胞研究所講師の中川誠人(43)は、この遺伝子を外し、別の安全な遺伝子でiPS細胞を作ることに成功した。

     「細胞に入れた遺伝子は、iPS細胞になったら残らず消えてほしい。そんな都合のいい運び役はないか」

     ウイルスの種類によっては人に病気を起こす遺伝子が残ってしまう可能性がある。そこで同研究所講師の沖田圭介(42)は試行錯誤の末、「プラスミド」というDNAの輪を使う方法にたどり着いた。

     必要な遺伝子を組み込んで試薬と混ぜ、皮膚などの細胞に加えるとiPS細胞が出現した。しばらく培養するとプラスミドは消えた。同研究所から次々と成果が生まれ、医療に使えるiPS細胞の完成に近づいていった。

     京大iPS細胞研究所では現在、他人に移植しても拒絶反応が少ない特別な「型」の遺伝子を持つ人を探してiPS細胞を作り、備蓄する計画を進めている。研究所は今年4月27日、こうしたiPS細胞が日本人の32%をカバーできるようになったと発表した。

     移植医療だけでなく、治療法の開発などにもiPS細胞の応用は進む。難病の患者から作ったiPS細胞は、病気の原因の解明や治療薬を開発する研究に欠かせない細胞となりつつある。

     この30年で飛躍的に進歩した遺伝子を操る技術は、医学の未来を大きく変えようとしている。

     

    ◇再生医療進展の契機

     この30年間で、様々な組織に変化する万能細胞の研究が大きく進んだ。最初の重要な一歩は英国で1981年に作られた、マウスの受精卵の一部を培養するES細胞(胚性幹細胞)だ。特定の遺伝子をなくす操作をすれば、遺伝子がないことが原因の病気マウスを人工的に作れるようになった。病気と遺伝子の関係を調べる研究が活発になった。

     98年には人のES細胞が登場し、組織や臓器を作って移植する再生医療への期待が高まった。しかし、生命の始まりに近い受精卵を壊して作るES細胞を使った医療が許されるか、倫理面の大きな課題が浮上した。2005年には韓国でES細胞を巡る論文の捏造ねつぞうも発覚し、再生医療への期待は急速にしぼんだ。

     そこに登場したのが受精卵の操作を必要としないiPS細胞だ。2000年頃から細胞が万能になるのに必要な遺伝子が次々に見つかり、研究を後押しした。学習院大教授の阿形清和(63)は「皆が遺伝子の働きを一つひとつ調べていた時、山中さんは重要な遺伝子をまとめて細胞に放り込むという方法で、一気に20年先へ行ってしまった。iPS細胞の登場で、再生医療そのものが息を吹き返した。科学史上に残る成果だ」と話す。(敬称略、第2部終わり。冬木晶、諏訪智史、今津博文が担当しました)

     

    ◇iPS細胞 体の様々な組織の細胞に変化でき、ほぼ無限に増やせる細胞で、皮膚や血液などの普通の体の細胞に4~6個の遺伝子を組み込んで作る。「万能細胞」とも呼ばれる。発生初期の受精卵に近い状態になることから、iPS細胞ができる現象を初期化と呼ぶ。

    2018年05月11日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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