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「『森里海連環学』をとおして日本の自然を再考する」 フィールド科学教育研究センター 柴田昌三センター長日本の自然は20世紀後半から急激に荒廃していった。荒廃したというより、むしろ使われなくなり、放置されたというイメージが適切かもしれない。高度経済成長期以降、日本では自然を軽視、無視する傾向が広がった。 自然の摂理を考えず、効率のみを追求したことで、たとえば、化学肥料や農薬が大量使用されるようになった田んぼは、カエルや虫も鳴かない妙に静かなものになっている。 植林地に関しては、高度経済成長期に、非常に広範囲な植林が行われた。終戦直後から20年間ほどで、日本の人工林の面積は2倍になっている。それらが今、ちょうど良い伐採期に来ているが、伐って木材に利用するということがなされず、外国から安価な木材を輸入している。せっかくの山の資源が放ったらかしにされている。 私は里山の再生や竹の生態を専門としているが、里山でも大きな変化があった。里山は薪炭、落ち葉の肥料といったものを得る空間だったが、燃料はガスや電気、肥料は化学肥料になったので、里山は不要になった。 海では資源量が減少傾向にある。沿岸海域で海藻の多くが死滅する「磯焼け」という現象が全国各地で発生し、問題視されている。 このように顧みられなくなった自然に対して、学問の世界はどうだったのかというと、縦割りのまま21世紀に入った。私は森の研究者だが、森の専門家は森しか見ないし、海の研究者は海だけを扱う。それぞれ「最近、森はうまくいっていないね」「海も資源生産がうまくいっていない」とは言っていたが、そこにとどまらず、自分の専門領域だけでは問題が解決できないということに徐々に気づいていったのが、今世紀の初め頃だと思う。森から海まですべてをまとめて見ないと、本当の問題解決はできない。そうした中で誕生したのが、「森里海連環学」だ。 ◆総合科学として誕生した森里海連環学 フィールド科学教育研究センターは2003年、理学研究科と農学研究科に所属していた各地の演習林や実験所などを統合し、設立された。森里海連環学は、森や海の研究者が一つの新しい組織に集まった時、森から海に至るまでまとめて見るような視点を持った研究を、共通項として始めるために提案された。 難しく言うと、「森林・里・沿岸の各生態系のつながりを、自然科学・社会科学の両面から解明することを目指す総合科学」となる。 生態系はそれぞれ独立しているのではない。一つの生態系が荒廃すると、他の生態系も一緒に衰退していく。逆に言えば、どこかの生態系が再生すれば、それにつながっている生態系も回復できるのではないか―――という考え方だ。 「森川海ではなく、なぜ里が間に入っているのか」という質問をよく受けるが、これはまさに社会科学の視点を入れたかったからだ。自然科学系の研究だと、人間の活動は邪魔にしかならず、人間の影響のないところで山や海がどのように影響し合っているのかということを知りたくなる。だが、生態系への影響では、人間の活動は無視できない。だから、あくまで里を入れなければならないと考えている。 ◆山が回復すれば、川も海もまちも豊かになる 森里海連環学の実証研究は、文部科学省の概算要求事業(プロジェクト分)として本格的にスタートした。正式名称は「森里海連環学による地域循環木文化社会創出事業」で、普段は「木文化プロ」と呼んでいる。 森から海に至る循環の基本にあるのは木文化であるという思いを、我々は強く持っている。「山から木を伐ってきて暮らすこと」にとどまらず、山の環境が昔のようになれば、川や海やまちといった下流にある環境や人々の生活も良くなる。そういう考え方をすれば、すべてが木文化であると言える。 我々は適切な管理で森林を回復させれば、川や沿岸の生態系も豊かになると考える。それを科学的に実証したい。また、生態系とともに地域も潤うために、資源利用のあり方も提案したい。 鍵を握るのは、生態系の最上流にある森林だと考えている。日本の森林面積約2500万?のうち、植林地は約1000万?を占めている。ところが、その多くは今、木材が売れないといった理由で放置されている。 ちゃんと管理された人工林では、地面にも光が十分届くので、他の植物がいっぱい生える。これを「下層植生」と言うが、管理が行き届かない人工林では木々の密度が高くなって光が届かず、林床に下層植生が成立しない。これができないと大雨などの際に表土が流れやすくなり、災害につながる。生物の多様性も失われる。 皆さんの中には、木はあまり伐らない方がいいとお考えの方もおられると思う。反論もあるかもしれないが、我々はこう考えている。手をつけてはならない森林は、屋久島や知床半島にあるような原生林だけであり、人間が一度手を加えた森林は、途中で投げ出してはならないと。人工林や里山という空間は、何百年も、場所によっては1000年以上も人間が手を加え続けてきた。それを40〜50年放棄したために、森里海連環学を言わなければならなくなった。 ◆森林管理モデルを追求 現在、京都府北部の由良川水系源流部上谷流域と高知県の仁淀川水系安居川流域の2か所で、地元の自治体や林産企業組合、NPO団体などの協力を得ながら、森林管理のモデルとなる取り組みを進めている。 木々の間引き密度を変えるなど異なる間伐方法で管理した植林地の生態系の変化を追跡するとともに、下流の河川や河口の水質や生物相なども調べている。そして、間伐、伐採した木が資源としてどのように社会で使われていくのかをきちんと評価し、調べた上で、もっといい使い方がある場合はそれを提案してみたい。 森林管理が森に与える影響を考えてみよう。 これまで植林地と里山を例に挙げたが、それぞれやることが違う。利用目的が異なるからだ。植林地は、言ってみれば木材生産の「畑」であり、それを放っておいたために森の状態がおかしくなった。だから間伐をして、より健全な木材を生産する。最終的にはすべて伐り、次を植える。 植林地の管理を、地球温暖化防止に結びつけることもできる。木材はCO2(二酸化炭素)の固まりであり、ストックであると言える。国内産の木材をまちで使い続ける限り、この中に含まれているCO2は大気に出ていかないので、ストックとして維持される。山で木を伐って次を植えると、そこでまたCO2がストックされる。植林地をもう一度管理することは、CO2のストック量増加につながる。 一方、里山の管理では、植林はしない。里山の木を伐ると蘖(ひこばえ―草木の根株から出る芽)が生じ、それを放っておくと大きくなる。それをまた伐る。伐るという行為だけで、樹木が若返る。ただし、植林はしなくていいが、30年周期くらいで伐り続けないといけない。 間伐、伐採によって光がよく入るようにすれば、林床に下層植生が戻る。そうなれば、植林地も里山も土壌が豊かになり、多様な生物が住み着くようになる。 森林管理が生物相に与える影響としては現在、鳥類の生息変化を調べている。放置された植林地では、鳥類相はあまり豊かではないが、周辺には落葉広葉樹林やその下層植生を生息地とする種が豊富におり、人工林であっても下層植生が豊かになれば、それらの鳥がやって来ると期待している。 効率的な森林管理を追求することは、現在の林業が抱える様々な問題を解決することにもなる。研究対象地の仁淀川水系安居川流域は、急峻(きゅうしゅん)な地形の中で細分化された民有の人工林が広がっている。ここで木材の生産と搬出をうまく行うことができれば、人工林は健全になるし、周辺集落も元気になるだろう。所有者の同意を取り付け、ひとまとめにして森林管理ができるようになれば、林道を延ばしたり、機械を導入したりといったことが可能になる。その際には、あまり生物の多様性を乱さないようなやり方を選びたいと考えている。 ◆地域の文化を知ることの重要性 研究を進めていくうちに、当初はあまり意識していなかったものの、「これは外せない」という課題が出てきた。キーワードは、文化だ。生態系を良くする、生活を良くする、というところまでは考えていたが、生活を良くするには文化が必要であることに気づいた。さらに、文化を理解しようとすると、歴史を知らなければならなかった。 仁淀川水系安居川流域を選んだのは人工林率が高かったからだが、かつてはこれほど人工林が多くなかったことが、調査の過程でわかった。山の中腹以下は棚田で、その上は焼き畑として使われていた。棚田だったということは、かつては水が豊かだったはずなのだが、今では枯れた谷ばかりになっている。おそらく棚田の跡地に植えた木がどんどん水を吸っているために、水が谷へ落ちていかないのだろう。 そうしたことは、現地に行って初めてわかった。地元の方に尋ねると、古いところでは約50年前まで棚田として耕作され、山の上にはほこらがあったという。ほこらの場所は、昭和の初め頃は街道筋で、土俵も作られていて、春と秋には奉納相撲が行われていたそうだ。今では全く人気(ひとけ)がなく、「なぜこんな山奥に」と思ってしまうのだが、以前は交通の要衝であり、信仰の場だったわけで、全く違う風景が広がっていたはずだ。過疎化が進み、農地としての棚田が放棄され、跡地には植林がなされたものの、それもまた放置された。 今の風景に惑わされては、歴史は見えない。こうしたことを知った上で調査を進めないと、地元の方の理解は得られないし、地域の生活についても語れない。 おじいちゃん、おばあちゃんも、ほこらの傍まで林道ができたことをとても喜んでくれた。地元の人々の生活に役に立っていることを改めて実感できた。山村を支えてきた文化の再生を手伝うことができればと考えている。 我々は自然の恵みによって生活と文化を維持してきた。単に恵みを受けるだけでなく、上手に維持、管理して利用する技術を経験から得てきた。だが、技術や経験を知る人がどんどん減っている。森里海連環学は、それらを失わないために始めた。このスケールで取り組んでいる大規模野外フィールド実験は他にないのではないかと思う。 やらなければならないこともどんどん増えている。多くの方々に参加していただき、木文化社会、地域循環社会を目指したい。 □しばた・しょうぞう□ 1988年京都大大学院農学研究科博士後期課程修了。京大助手、同北海道演習林長などを経て、2007年に同フィールド科学教育研究センター教授。今年4月から同センター長。専門は竹生態学、里山資源学。 ◆Q&A Q:荒れた森林では木が密集しているというのなら、最初から間隔を空けて植林できないのか。また、木材利用を考えると針葉樹を中心に植林することになるのかもしれないが、広葉樹や落葉樹も一緒に植える方法は考えられないのか。 A:ちゃんと林業をする場合は、木の密度を考えながら植林する。10〜20年たつと隣の木と接触するくらい生長するので、あまり生育の良くないものから切り透かす作業をする。あまり間隔を空けて植えると、木が太るスピードが速くなり、木目の幅が広く、建築材としてはあまり適さない木材ができる。だから、京都の北山杉などでは高い密度で植林している。 また、針葉樹とともに広葉樹を植える試みは様々なところで行われるようになっている。日本の森林は現在、スギとヒノキが3分の1くらいを占めており、単一化が進んでいる。広葉樹を混ぜて植林することは非常に大事になってくると思う。 Q:少子高齢化が進む今後、山村に人が戻って人口が増え、かつての文化が再生するということは考えにくいのではないか? A:それは、我々が最終的に成果として報告できるようにしなければならない課題だと自覚している。かつての山間部の自然利用を100とすると、人口が10に減れば、利用される部分も10になってしかるべきだ。その10の部分をちゃんと利用する努力をする。その後で人口を取り戻すことを考えたいと思っている。 (2011年12月20日 読売新聞)
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