(6)「完全燃焼」へ 夫が支え
深夜2時の電話の向こうで妻は泣いていた。「駄目かも知れない」。憔悴(しょうすい)した声に、松山大職員の村井啓一さん(33)は「落ち着いて。きっと大丈夫」と明るく励ました。電話の相手は、競技の世界では旧姓で通している女子マラソンの土佐礼子(31)(三井住友海上)だ。
土佐は7月27日、中国・昆明での合宿中に転倒、左ひざを痛めてしまった。「本番まで1か月なのに」という土佐に、「帰ったら一緒に走ろうよ」と村井さん。約1時間で声は落ち着いた。3日後の診断では打撲。世界陸上出場に問題はなく、帰国した今月初め、約束通りジョギングに付き合った。「ふー、駄目だ」。おどけて倒れ込んだ夫に、妻は笑った。強い土佐礼子に戻っていた。
2人は松山大陸上部で知り合った。村井さんは2年先輩で主将。卒業後、就職した村井さんは転勤で大阪へ、土佐は東京へ移ったが絆(きずな)は変わらず、土佐が5位入賞したアテネ五輪後の2004年12月に結婚した。
その翌年、村井さんは会社を辞め、妻の実家がある松山に引っ越した。東京を拠点に海外を飛び回る妻が、夫や実家を気にすることなく、「完全燃焼できるように」という配慮だ。ずっと別居生活で寂しさもあるが、「彼女のおかげで海外に行き、選手とも知り合えた。かけがえのない経験をさせてもらっている」と思う。母校で陸上部コーチを務めながら、義父母のそばで留守を守る。
妻が競技に打ち込むための決断――。英国女子マラソン代表のマーラ・ヤマウチ(34)(セカンドウィンドAC)の夫、山内成俊さん(36)は今年3月、外資系証券会社を退社。7月の札幌ハーフで2位となり、世界陸上本番でメダルを狙う妻をサポートする。
英国の駐日外交官(休職中)だったヤマウチと知り合い、02年に結婚。当初は「アテネ五輪まで」という約束だったが、アテネは選考レースで敗退。落胆する妻に「マラソンは食事から睡眠まで日常生活が競技そのもの。夫として、もっとできることがあるはず」。仕事と収入を失うことに不安もあったが、北京五輪への夢にかけた。
光を浴びる妻を陰で支える役回りだが、村井さんも山内さんも口をそろえて、「妻の『やり遂げた』という表情を見た時、2人で努力して良かったと思う」。喜びを感じる瞬間は一致している。
| 女子選手の環境 |
| 1991年東京大会の日本チームに、配偶者のいる女子選手は1人もいなかったが、女性の社会進出が進み、競技寿命も延びたこの16年でスポーツ界も様変わり。今大会代表には土佐のほか、マラソン代表の小崎まり(ノーリツ)、四百メートルリレーの石田智子(長谷川体育施設)らがいる。 |
(2007年8月20日 読売新聞)