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(7)元東大・京大生 頭で歩く走る、投げる、跳ぶ。持てる力を一気に爆発させることが原点にある陸上競技の中で、競歩は走り出したくなる衝動を抑えて、歩くスピードを競う、異色の種目と言える。これに、国立大の東西の雄、東大と京大の出身者が挑んでいる。 東大卒の明石顕(30)は大学に入って、水泳から陸上長距離へ転向。箱根駅伝を目指していた2年の夏、故障のリハビリで始めた競歩に魅せられた。ルールに縛られたフォームで「限りなく走りに近い歩き」を追究するという、技術的要素が色濃かったことも興味を誘った。 「審判員からの見え方を分析してギリギリ、セーフのフォームを考え、それを体現することが必要。その点、論理的思考が得意なことは武器になると思った」 直感通り、1998年の日本選手権20キロで9位に。「普通に就職して」と反対する親を振り切り、綜合警備保障に入社して競歩を究める道へ進んだ。目標だったアテネ五輪は選考会で失格したが、2005年ヘルシンキ世界選手権50キロの代表を射止めて15位。大阪大会では、入賞を見据えるところまできた。 明石と同僚の杉本明洋(25)は高校時代は無名だったが、京大理学部に入って飛躍する。 「高校時代はルールを意識しすぎた。前傾を加えて、感覚的には後ろ足が離れるタイミングを少し早くしたら成功した」 大学2年の01年日本選手権20キロで9位に入ると、4年の日本インカレ一万メートルで優勝。情報学研究科に進んだ京大大学院時代の05年には、ついにヘルシンキ世界選手権20キロに出場し、大阪大会でも代表権を得た。 「パソコンに例えるなら、小柄な自分は性能は良くないけど、理論という基本ソフトを載せて可能性が広がった」。小学校時代は、鉄棒の逆上がりが出来なかったという、1メートル62のウオーカーは、胸を張る。 ただ、葛藤(かっとう)はある。優秀な頭脳を、競歩に傾けることは論理的な選択だったのか。30歳を迎えた明石が答えた。 「正直、バリバリと社会の一線で働く友達を見ると引け目を感じることもある。でも、“東大生らしい生き方”を選んでいたら、今ごろ心に引っかかりを感じてたはず。まあ、取り返しのつかない方を選んだということで……」 論理を武器に戦う2人も、理屈を超えた情熱なくして、探究の道は語れない。 (終わり。この連載は、世界陸上取材班が担当しました)
(2007年8月21日 読売新聞)
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