レースをコントロールした土佐…第9日
レース全体をコントロールして銅メダルにつなげた土佐(中央)。右後方は優勝したヌデレバ、左は2位の周(9月2日)=代表撮影
土佐礼子(三井住友海上)の銅メダル、持ち味の粘りを十分に発揮した結果だったが、そう簡単なメダルではなかった。
昨年12月のアジア大会ドーハで独走、金メダルを獲得した中国の周春秀が、当初は今回も速いペースで先頭をいくだろうと見られていた。しかし、大会が近づいて、周の調子がよくないという情報が入ってきた。
周がレースを引っ張ってくれれば、土佐の戦略は単純だった。とにかく、周についていき、あとはどこまで粘れるかが、勝負。ところが、周がレースを引っ張らないと、スローに流れてしまう恐れがあった。遅いペースであれば、先頭集団は大きくなり、スタミナよりスピードが身上の選手も生き残り、最後のスピード勝負になる危険性があった。それは、土佐にとって苦手なレース。スタミナ勝負の消耗戦に持ち込みたかった。
スタート、案の定、周はレースを引っ張らない。5キロは18分27秒と遅かった。土佐は、先頭近くにつけた。時折、先頭をうかがい、ペースを促した。25キロまで5キロ18分前後、土佐のペース。
大阪城公園内でマーラ・ヤマウチ(イギリス)が、先頭に出て、ペースを上げたことにより、レースは動きだした。ここからの土佐のレースも、やさしくはなかった。ヤマウチは5キロ17分40秒あたりのペース。この程度のペースでいきたい。
ここも状況は前半と同じ。急にペースを上げられると、スピードの切り換えに弱い、土佐は一気に引き離されてしまう恐れがある。しかし、遅くなりすぎても多くの選手が余裕を持って集団に生き残ってしまう。これも避けなければならない。苦しそうな表情になりながらも、土佐は先頭に立った。それにより、自分で自分の都合のいいペースに持ち込む。それとともに主導権を握り、一気に勝負をかけようとする選手の気持ちを抑え込む。レースをコントロールしていた。そして、ときには後ろに下がり、自らも息を入れた。
これにより、キャサリン・ヌデレバ(ケニア)の勝負は、長居公園入口の40キロ手前まで持ち越された。これが35キロ付近で勝負をかけられていれば、メダルは危うかったかもしれない。一気に離され、ヌデレバ、周以外にも、まだ元気が残っていた選手が土佐の前に入り、残る、危険性があった。
頭脳的なレースだった。結局、土佐はレース全体をコントロールして、銅メダルにつなげた。レース1か月前に、膝を強打して10日間走れないというアクシデントもあったが、その間、エアロバイク2時間、水中トレーニング3時間という補強運動で、体の疲労を維持させ、レースに調子を合せることに成功した。それにより、この頭脳的なレースを演出することができた。
(陸上ライター・石井 信)
(2007年9月2日 読売新聞)
| 著者プロフィール |

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石井 信 いしい・まこと
陸上ライター。著書に「瀬古利彦の42.195km」(講談社)、「ゆっくり走れば速くなる」(ランナーズ社)、「小出義雄のマラソンでたらめ理論」(ベースボールマガジン社)など。報知新聞社、ベースボールマガジン社勤務を経て、フリーに。2007年より、インターネット上で、陸上選手・陸上好きのためのSNS「アスレティック・オン」を主宰。1950年、札幌市生まれ。
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