あの日あの時
東名高速道路は最後の工事区間である神奈川県大井松田−静岡県御殿場間が開通。東京から愛知県小牧市までの全長346.7キロが全面開通した。東名高速道路は名神高速道路ともつながり、東京−兵庫県西宮間を貫く交通の大動脈が完成、日本は本格的なハイウエー時代に突入した。 (5月26日)[全文へ]
八百長行為に関係したとしてプロ野球コミッショナー委員会は西鉄(当時)の与田、益田、池永の3投手を球界から永久追放、船田野手、村上捕手のシーズン中の野球活動禁止、基野手に厳重戒告の処分を下した。池永氏は2005年に球界復帰を果たした。 (5月25日)[全文へ]
南米チリ沖で発生した地震による津波が約1万7000キロ離れた日本に丸一日たって到達。太平洋沿岸全域に押し寄せ、家屋の全壊約1500棟、死者・行方不明者が142人に達するなど大きな被害を出した。中でも岩手県大船渡市の死者・行方不明者は53人にも上った。 (5月24日)[全文へ]
井筒親方(元関脇・鶴ヶ嶺)の三男・寺尾の十両昇進が決定。長兄・鶴嶺山、次兄・逆鉾と合わせ、史上初の3兄弟関取が誕生した。甘いマスクで人気を博した寺尾は引退後、
東京・晴海ふ頭を出港した海上自衛隊の練習艦に、遠洋練習航海では初めて女性自衛官15人が乗り込んだ。この年に就役した練習艦「かしま」には女性用居室が設けられ、それまで遠洋実習が免除されていた女性幹部も参加した。 (5月22日)[全文へ]
32年にわたりインドネシアの最高権力者の地位にあったスハルト大統領が辞任した。経済危機を契機に国民のスハルト支配への反発が強まり、学生を中心に全国的に反政府デモや抗議行動が広がっていた。 (5月21日)[全文へ]
東大寺戒壇院の千手堂で火災が発生、屋根や天井の3分の1が焼け落ちた。僧侶らが堂内の仏像を運び出したが、「鑑真和尚坐像」など重要文化財2点を含む12体が損傷した。 (5月20日)[全文へ]
敗戦と戦災による混乱で食糧事情が悪化する中、現在の皇居前広場で「飯米獲得人民大会」(食糧メーデー)が開かれ、約25万人が参加した。その後、デモ行進が行われ、デモ隊の一部は、坂下門から皇居内になだれ込んだ。 (5月19日)[全文へ]
福岡ドームで行われた対広島戦で巨人の槙原寛己投手が、一人の走者も許さず打者27人で試合を終える完全試合を達成した。阪急(現オリックス)の今井雄太郎投手以来16年ぶり15人目。 (5月18日)[全文へ]
採用、昇進、定年など、雇用の場での男女差別をなくすことを目的にした男女雇用機会均等法が衆院で可決、成立した。施行された翌年4月以降、それまで男性に限られていた職場の多くにも女性が進出した。 (5月17日)[全文へ]
地下鉄サリン事件で、警視庁はオウム真理教幹部らの一斉逮捕に踏み切り、山梨県上九一色村(当時)の宗教施設「第六サティアン」の隠し部屋で、麻原彰晃(松本智津夫)代表を発見、殺人と殺人未遂容疑で逮捕した。 (5月16日)[全文へ]
日本スポーツ界で新時代を迎える日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が、この日開幕。開幕戦の読売ヴェルディ(現東京ヴェルディ)対横浜マリノス(現横浜F・マリノス)戦が東京・国立競技場で行われ、約6万人の観衆が熱狂した。 (5月15日)[全文へ]
滋賀県信楽町の信楽高原鉄道で、世界陶芸祭に向かう超満員の客を乗せたJR西日本の臨時快速と高原鉄道の普通列車が正面衝突し、死者42人を出す大惨事となった。原因は人為ミスでJR西日本、信楽高原鉄道双方の責任が問われた。 (5月14日)[全文へ]
国鉄民営化で国電に代わる新名称「E電」が発表された。一般公募で選ばれ、JRは呼称の普及に努めたが、期待とは裏腹に、受け入れられなかった。いつしかJRも使用しなくなり、「死語」となった。 (5月13日)[全文へ]
1990年1月、ハワイ・ホノルル税関でコカインの所持容疑で逮捕された俳優の勝新太郎(本名・奥村利夫)が帰国、羽田空港から麻薬取締法違反容疑で任意同行され、取り調べを受けた。逮捕後のハワイでの会見で、「もうパンツははかない」などと発言し、話題となっていた。 (5月12日)[全文へ]
修学旅行の学童370余人はじめ乗客約700人を乗せた国鉄宇高連絡船「紫雲丸」が貨車航送船「第三宇高丸」と衝突して沈没、犠牲者168人を出す事故となった。この事故で鉄道連絡船の安全基準が見直され、瀬戸大橋建設の機運が高まった。 (5月11日)[全文へ]
スノーモービルで北極点を目指していた女優の和泉雅子さんが、午前0時20分(現地時間)、カナダの基地出発以来、62日目で極点に到達した。和泉さんは2度目の挑戦で、日本人女性として初の快挙。 (5月10日)[全文へ]
南伊豆地方に地震が発生、死者30人、家屋300〜400戸が全半壊した。震源は石廊崎沖で、地震の規模を示すマグニチュードはM6.9。震源が浅く、居住地に近かったため、地震の規模に対して大きな被害が出た。 (5月9日)[全文へ]
イギリスのチャールズ皇太子(当時37歳)とダイアナ妃(同24歳)がこの日、大阪国際空港に到着された。京都の修学院離宮や大阪、兵庫の工場などを見学されたあと東京へ。青山通りのオープンカー・パレード、国技館での大相撲観戦など、行く先々でロイヤルフィーバーを巻き起こした。 (5月8日)[全文へ]
ユーゴスラビア(現セルビア)の首都ベオグラード新市街にある中国大使館が、北大西洋条約機構(NATO)軍の爆撃を受け、3人が死亡、20人以上が負傷した。ユーゴ連邦軍・セルビア治安部隊への空爆は、民間病院や市場などへの誤爆が相次いだ。 (5月7日)[全文へ]
日本エベレスト・スキー探検隊の三浦雄一郎スキー隊長(37)がエベレスト(標高8848メートル)南面のサウス・コル(同7985メートル)から3000メートル、2分20秒の滑降に成功した。悪条件が重なった8000メートル近い高所からのスキー滑降は世界初。 (5月6日)[全文へ]
「こどもの日」制定を記念して、全国の乳児発育の優秀な自治体の顕彰、母子衛生の向上発展を目的とする、「全日本赤ちゃん集団コンクール」(厚生省=当時=と読売新聞社共催)の中央表彰会が東京・日比谷公会堂で開かれた。第1位は神奈川県、2位は山形県、3位は広島県の赤ちゃん集団だった。 (5月5日)[全文へ]
先進7か国首脳とEC代表が参加して、第12回先進国首脳会議(サミット)が東京で開幕した。首脳会議では、政策協調や相互監視強化を確認する東京宣言、東京経済宣言はじめ、国際テロリズムに関する声明、チェルノブイリ原子力事故の諸影響に関する声明を採択した。 (5月4日)[全文へ]
朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)に散弾銃を持った男が押し入り、支局にいた記者3人に向けて2発を発射。小尻知博記者(29)が左脇腹を撃たれ、病院に収容されたが出血多量で死亡した。 (5月3日)[全文へ]
前年に解散したロックグループ「X JAPAN」のギタリスト、「hide」こと松本秀人さんが、自宅マンションの寝室で首をつった状態で発見された。享年33歳。警察は自殺と断定したが、動機はよくわかっていない。 (5月2日)[全文へ]
GHQによる占領解除から3日後のメーデーで、デモ隊と警官隊が皇居前広場で衝突した。デモ隊の2人が射殺され、多数の負傷者を出す大乱闘になった。 (5月1日)[全文へ]
民主党の細川護熙元首相が議員辞職願を提出した。年齢が60歳に達した、民主党結成で区切りがついた、政権交代の軌道が敷かれた――ことを、辞任の理由として挙げた。 (4月30日)[全文へ]
山下泰裕が全日本柔道選手権の決勝で、遠藤純男を判定で破って優勝した。山下選手は当時19歳10か月。当時は史上最年少だったが、2006年(平成18年)に石井
福井市に本部を置くとされる「パナウェーブ研究所」を名乗る白装束の団体メンバーが、岐阜県八幡町の町有林道を占拠した。「電磁波の研究」を名目に、勝手に検問をし、町民と対立。その後、警察当局により移動させられた。 (4月28日)[全文へ]
「セブン・ツー・セブン」の愛称で親しまれたボーイング727型機が、全日空の山形―東京便を最後に引退した。東京五輪が開かれた昭和39年(1964年)、日本の空にデビュー。26年間で延べ1億3500万人を運んだ。 (4月27日)[全文へ]
海上自衛隊の掃海艇「あわしま」「さくしま」と補給艦「ときわ」が、ペルシャ湾掃海派遣部隊の第1陣として横須賀基地を出航した。湾岸戦争後の、日本の人的な国際貢献策の一環。実動部隊の海外派遣は自衛隊発足以来、初めて。 (4月26日)[全文へ]








































