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愛とは何かを切なく問う…「愛に関する短いフィルム」

レンズ越しの一方的な思い


イラストレーション・いわしま ちあき

 夜、広場を隔てた向かいのマンションの部屋に、望遠鏡の焦点を当てる。19歳の孤独な少年の孤独な営為。その部屋で〈愛する〉女が〈きょうの男〉と戯れている。

 少年は彼女の部屋に毎夜、無言の電話をかける。郵便局員のトメクは、女の名前がマグダであること、職業は画家であることを知っている。愛しい女の行動を、あきらめの気持ちで見つめる。電話をかけて、声を聴くことしかできない。

 マグダの肌に近づきたい。レンズを通した人工的な距離は、彼女の(ぬく)もりを伝えてこない。少年は牛乳配達のアルバイトをすることにする。この仕事なら、マグダの戸口まで近づける。しかし、戸口までだ。彼女に()えるわけではない。夜になれば、またレンズの向こうの奔放な彼女を見出(みいだ)すしかない。

 今夜は痴話喧嘩(げんか)のようだ。マグダが取り乱している。殴られる。男が出て行く。マグダが泣いている。どうすることもできない。ひたすらレンズを(のぞ)きつづける。

 翌日トメクは、彼女のポストに為替を投げ入れた。半信半疑のマグダが郵便局にやってきて、偽物と知った局員に難詰される。トメクは近づき、ついに声をかけた。「きのうの夜、泣いていたね。ぼくは見ていた」。女は少年を「人でなし」と(ののし)り、その夜、わざと男を連れこんだ。どうぞ見てくれ。望遠鏡に向かって手を振ったりする。あそこから覗かれているのだ、と一夜かぎりの男に告げる。男はトメクを表に呼び出し、痛めつける。

 顔を腫らして牛乳を届ける少年に女は()く。「なぜこんなことをするの?」「愛しているから」。マグダは独りよがりの理解を示して、トメクを部屋に招く。そして独りよがりの行動に及ぶ。少年は深く傷つき、孤独な部屋に戻って手首を切る。

 なんと静かな映画だ! ドラマの背後に音楽は鳴っているのに、聞こえないのだ。少年の心しか聞こえてこない。

少年の退院を待つ日々

 つまらない悲劇ではないので、むろん主人公は死なない。少年が病院から帰る日をマグダは待ちはじめる。逆に彼の部屋を双眼鏡で覗いたりする。そうして無言の電話を待ちつづける。何かが彼女にそうさせるのだ。トメクが退院してくる。マグダは彼の部屋を訪ねる。彼女は望遠鏡を覗いた。涙が静かにあふれてきた。肩に少年の手がそっと触れた。

 神経の戦慄から流れ出す涙には、この映画でしか出会ったことがない。見守ることだけを愛と信じた少年の視界に、かつての自分の純粋な心を重ね合わせるとき、こらえきれず流れ落ちる涙。監督の意図は知らない。それは私の勝手な解釈だ。純粋にあこがれ、純粋を取り戻そうとするとき、人は涙を流す。この映画に関するかぎり、スタッフを知ろうとは思わない。おそらくだれの意図もなく、あったとしても反映されずに、神がかりのようにして成った映画だろう。

 抑揚のない変わった響きの言語だ。ポーランド語。この言葉で激しく言い募ることや、理屈を言い立てることはできない。静謐(せいひつ)な精神の言葉だ。ポーランド……『夜』の著者エリ・ヴィーゼルを思い出す。わたしに小説を書いていこうと決意させた本。あの世界の諧調が聞こえる。わたしの魂に沁み透るのも無理はない。

愛に関する短いフィルム
監督=クシシュトフ・キェシロフスキ、出演=オラフ・ルバシェンク、グラジナ・シャポロフスカ。製作年=1988年
愛に絶望している女性画家が、純真な少年からの一途な愛を受けて自分をもう一度見つめ直す、魂の救済のドラマ
2012年2月14日  読売新聞)
プロフィール
川田拓矢  (かわた・たくや)
 1949年熊本生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京大学に入学するが中退。バーテンダー、パチンコ店店員など様々な職業を経て、現在、大学受験予備校の講師。教壇に立ちながら、純愛、友情、生と死をテーマに執筆活動を続けている。http://kawatabungaku.com/
川田拓矢


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(2012年5月22日)[全文へ]

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