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ソロになって初のナンバーワン「夢一夜」…南こうせつさん(11)

ソロコンサートを収録したアルバム「GOOD VIBRATION Mr.Kohsetsu in 武道館」

 1976年には日本武道館で日本人初のソロコンサートを開いた。最大で1万5000人近くが入る。

 「日本人のホールなのに、ビートルズとか、なんで外タレばかりやっているのか。僕がやるって。人が集められるかっていうのが問題だった。その前につま恋で大勢の人を前にしてやったのが自信になって、自分の中で試してみたいというのがあったんですね」

 「GOOD VIBRATION Mr.Kohsetsu in 武道館」というライブアルバムとして発売された。ソロとして順調に活動していたが、ナンバーワンヒットは1978年の「夢一夜」まで待たなければならなかった。

 「資生堂とのタイアップで、阿木燿子さんの詩が先にあがりました。日本女性の恋する気持ち、情熱、大和なでしこの美しさ。富士山の家に帰って雨が降っていた時に、うちの奥さんがピアノを弾いていたんですね。『これは、いいメロディーだね、誰?』『ベートーベン、テンペストっていうの』って。それを頭の中でぐるぐる回していたら、♪素肌に……って出てきた。テンペストの♪ダラララン、ダララランっていうのとは全然違うんですけど、なんかふわっと出てきたんですね。ソロの南こうせつに象徴的な歌がヒットするのは大きいことでしたね」

自分らしい曲は「うちのお父さん」

アイルランドのパブで歌ったら、「うちのお父さん」はポルカだと言われた

 では、かぐや姫時代の歌で、こうせつさんらしいと思うのは?

 「正やんには男性と女性のラブソングがある。僕自身で、かぐや姫時代の代表曲っていうと、『うちのお父さん』ですね。アイルランドの旅をしていると、パブやライブハウスみたいのがあっちこっちにある。飛び入りして向こうのミュージシャンと一緒に『うちのお父さん』を歌ったら、ポルカだって言われました。ものすごくウケましたね。それから、『加茂の流れに』。この辺が自分らしいかな」

 「夢一夜」は和の匂いがする「加茂の流れに」系統の、こうせつさんらしい曲だ。

嵐と歌った「妹」

 昨年、2011年12月初め、フジテレビのFNS歌謡祭に出演して、こうせつさんは「妹」を歌った。共演したのは人気絶頂の嵐、ピアノは女優の松下奈緒。

 「嵐のみんなはすごく純な人たち。始まる前に『今の世の中、家族の絆が薄くなってるけど、これは家族の絆を歌った歌。あなたたちは今すごく影響力があるから、みなさんに歌っていただけると、大勢の人にメッセージが伝わると思います』と話をしました。真面目に聞いてくれるんですよ。『この中で妹いる人、手あげて』って言うと、桜井さんが手をあげて、『今日のセッション、親が喜びます』と言ってくれてうれしかった。松潤さんは『僕は弟がいます』って言ってました。いよいよ本番30秒前になって、『わかった。家族のことを思って歌って』って言うと、『はい』と答えてくれて、本番に入ったんですよ。ワンコーラス目は嵐、僕はテレビに映ってないから、みんなにアイコンタクトをしました。ほんとうにみんな愛情にあふれた顔をして、桜井さんも二宮さんも涙をちょっと浮かべて。その時にこの人たちの集中力っていうのに感心しましたし、勉強させられました。ああ、だからこの人たちはたくさんの人にウケるんだなと思いました。後で録画を()ましたが、ピアノの松下奈緒さんの雰囲気は絶品でした」

 かぐや姫の歌は、若い人の心にも届くようだ。

 (読売新聞 渡辺勝敏)

 お知らせ:南こうせつさんのインタビューは、火・金曜日に更新します。

プロフィル
南こうせつさん
1949年2月13日生まれ、大分市出身。1970年にフォークグループ「かぐや姫」でデビュー。伊勢正三、山田パンダと結成した第2期のかぐや姫で1973年に発表した「神田川」が160万枚の大ヒット。「赤ちょうちん」「妹」とヒットを続け、アルバム6枚がナンバー1を記録した。解散してからもソロとして、「夢一夜」が1位になり、今も年間約60回の公演を続けている。生活の拠点を、1975年には都会を離れて富士山麓に、1982年以降は大分県杵築に移した。公式サイトはこちら
2012年2月17日  読売新聞)


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(2012年5月22日)[全文へ]

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