ヒット曲を持つということは…南こうせつさん(12)
こうせつさんは、これまで様々なテーマを設けてライブ活動を展開してきた。
「自分がヒット曲を持つとか世の中に名前が出ていくということは、それだけで、世の中に奉仕する義務が生まれると思っているんですよ。そういうタイプなんです」
1981年に始めたのが「サマーピクニック」。1986年から10年間は「広島ピースコンサート」を開催して被爆者の施設用に寄付をした。1992年からは毎年「グリーンパラダイス」を日比谷野外音楽堂で開いている。
「サマーピクニックは、お祭りですよね。僕の音楽を介して、大騒ぎしようという。広島については小学校の頃から何か感じていたことで、原爆で被害を受けた広島、長崎から平和を訴えるようなことができればいいなあって思っていました。ヒットが出たおかげで、みなさんに知られるようになってできること。ここでやっておかないと一生後悔する。当時、山本コウタローと、ハウンドドッグのリーダー、大友康平と僕で何かやろうって思ったんです。それから10年間、毎年、被爆者の養護施設設立のために寄付をしました。『グリーンパラダイス』は、どうせこの国で過ごすんだったら、美しい国で、きれいな水で、きれいな空気で過ごせたらいいなって思っているということです」
震災、仙台市の八軒中学校の合唱部と演奏
社会的な関わりにも関心のあるこうせつさん。東日本大震災のあった2011年3月11日は、滋賀県でコンサートの予定だった。
「リハーサルの前にグラグラッてきて、照明器具が揺れた。滋賀でこれだけ揺れた。震源地の東北は大変だぞ。すぐにニュースが入ってきて、津波の映像を見て腰が抜けました。言葉になりません。6月にギターを持って気仙沼に行きました。ほこりと風と、魚の腐ったような臭い。市内に向かうと土葬した人たちの塔婆が立っている。立派なおうちが全部倒れていて、途方に暮れましたね。テレビじゃ伝わらないものがありました。本当にびっくりしました」
仙台市の中でも被害の大きかった若林区にある八軒中学校の吹奏楽・合唱部を、5月のコンサート「グリーンパラダイス」に招いた。合唱コンクールの全国大会に出場予定だったが、震災のために出場できず、避難所となった体育館で歌う様子がテレビで報道されたのがきっかけだ。
「震災のあとで、作詞家の阿久悠さんの遺作が息子さんから届いたんです。『愛よ急げ』。震災を知っていたかのような詩で、びっくりしました。広告の仕事をしている知り合いが、八軒中学のニュースを見てすぐに行って、東京でコンサートをできないか交渉したんです。震災のすぐ後でとんでもない。その後も何度も訪れ、『グリーンパラダイス』への参加をお願いしたところ、校長先生が快く引き受けて下さり、PTA総会も満場一致で決まって、八軒中学の人たちと一緒に『愛よ急げ』を歌いました」
さだまさしさんとチャリティー
さだまさしさんとも連絡を取り合った。
「『おいちゃんどうしようか』ってまさしが言うもんだから、まず2人でコンサートをやろうということになりました。僕はゲストに
(読売新聞 渡辺勝敏)
お知らせ:南こうせつさんのインタビューは、火・金曜日に更新します。
| プロフィル | |
|---|---|
南こうせつさん 1949年2月13日生まれ、大分市出身。1970年にフォークグループ「かぐや姫」でデビュー。伊勢正三、山田パンダと結成した第2期のかぐや姫で1973年に発表した「神田川」が160万枚の大ヒット。「赤ちょうちん」「妹」とヒットを続け、アルバム6枚がナンバー1を記録した。解散してからもソロとして、「夢一夜」が1位になり、今も年間約60回の公演を続けている。生活の拠点を、1975年には都会を離れて富士山麓に、1982年以降は大分県杵築に移した。公式サイトはこちら。 | |
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