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指揮者は楽団を仕切っている?


イラストレーション・青島広志 (無断転載、模写などを禁じます)

 いよいよ指揮者について語るときが来た。職業に上下の差はないと言うものの、オーケストラの演奏会では、彼が音楽の全てを取り仕切っているように見える。

意外と最近? プロの登場

 プログラムでは指揮者が他の独奏者(ソ リ ス ト)たちをさしおいて一番上に載っている。20世紀前半に活躍したカール・ベーム、フルトヴェングラー、後半のカラヤン、バーンスタインの名前は、その演奏を聴いたことがなくても、皆が知っている。

 しかし、職業的な指揮者の登場はそう古いことではない。現在でも日本が誇るオーケストラである雅楽や、江戸時代に発達した三味線を中心とする邦楽、東南アジアのガムランなどは大編成であっても指揮者は存在しない。ただ、目立つ旋律を受け持つ笛や太鼓奏者が「音頭取り」となることはしばしば見受けられる。

 西洋音楽でもそれは同様でグレゴリオ聖歌などでは手の動きで速度を指示する「カイロノミー」が行われた。

 バロック時代の器楽合奏でも同様で、コンサートマスターまたはチェンバロ奏者が弓や体の動きでアンサンブルをリードしたのである。この名残が現在でも「指揮者が演奏中に死去した際はコンサートマスターが替わる」という取り決めに見られ、当時は作曲家の多くがチェンバロを即興で弾いていたために、何とか体裁がついていたのだった。

 ただこの時期、フランスやイギリスでは金属製の(つえ)を用いて床を(たた)く指揮法が現れ、リュリ(1632〜87)は演奏中に誤って足を刺し、その傷がもとで世を去った。殉職である。

 指揮棒で空中に図形を描きながら指揮した初めての音楽家は19世紀に現れ、1812年にモーゼルが、1814年にウェーバーが、1820年にシュポーアが行った記録がある。このうちモーゼルとシュポーアは元来ヴァイオリニストだったので、指揮することに抵抗はなかったのだろう。そしてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の音楽監督を務めたメンデルスゾーン(1809〜47)を経て、ハンス=フォン・ビューロー(1830〜94)が作曲もせず楽器も弾かない指揮者として名を残すのである。

豊富な経験で技術を磨く

 多くの指揮者たちは、自ら音楽を創り上げたい、多くの人々を掌握したいという欲求を持ってその職を目指すのだが、若くして頭角を現すには指揮法の技術と聴音の能力が完璧でなければならない。この場合はコンクールを受けて賞を()ることができるだろう。

 運動の技術として最も難しいのは、曲の始まりと終わり、フェルマータと呼ばれる伸ばしの処理、速度や拍子の変わり目の指示であろう。そして本番の際は、演奏者のミスを救い、聴衆を飽きさせずに演奏を終わりまで導くことで、船長と同じことなのである。このような技術と精神力は、教室内での指導では駄目で、実地に体験しなければ身に付かない。

 初めてオーケストラを指揮した人の多くは、団員が自分の指示しているテンポよりも遅く演奏していると感じるだろう。それもその(はず)で、彼らは自分たちで音を聴き合って合わせているのだ。それも老舗と呼ばれる有名な楽団ほどその傾向が強い。BはNHK交響楽団と読売日本交響楽団は振ったことがないが、東京シティフィルよりも東京フィルハーモニーのほうが、大阪交響楽団よりも関西フィルのほうが顕著である。下手な指揮者の言いなりになって危険を冒すよりは、安全策を取るのである。その結果、オーケストラの作り上げた音楽に乗って踊っているだけ、というまことにみっともない演奏になるのだ。こんなとき、指揮台から逃げ帰りたくなるのはBだけではないだろう。

 ただ一つの光明は、歳を重ねるにつれて、知識と経験は増えて行くので、それに対して頭を下げる団員が現れるということだろうか。もっとも、(あわ)れみの気持ちと表裏一体になっているような気もするのだが、いずれにせよ指揮者にとって、歳を取るのは悪くない。団員には定年があるが、指揮者にはないのである……などと言っているうちに、演奏中にポックリ逝ったりして。

※B:ブルーアイランド=青島

2012年2月14日  読売新聞)
プロフィール
青島広志  (あおしま・ひろし)
1955年東京生まれ。東京芸術大学および大学院修士課程(作曲)を首席で修了。これまにで作曲した作品は200曲に及ぶ。ピアニスト・指揮者としての活動も35年を超え、最近ではコンサートやイベントのプロデュースも数多くこなしている。テレビ「題名のない音楽界」「世界一受けたい授業」「チューボーですよ!」「徹子の部屋」などに出演。東京芸術大学、都留文科大学講師。日本現代音楽協会、作曲家協議会、東京室内歌劇場会員。
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青島広志/キングレコード/2000円


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(2012年5月22日)[全文へ]

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