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    ロンドンと東京、英国と日本。遠く離れた二つの地を、酒と人の物語でつなぎます。
    イギリスのかたち

    二つの帝国(上)…ローマとイギリスをつなぐもの

    タベルナでタベル

    • 入り口の頭上に掲げられた古い看板
      入り口の頭上に掲げられた古い看板

     桜の名所として知られる目黒川にかかる目黒新橋から、JR目黒駅に向かって権之助坂を上っていくと、坂の中ほどにイングリッシュ・パブがある。ここにお付き合いいただいたのは古代ローマ史が専門の歴史家、本村凌二(もとむらりょうじ)氏(68)。

     広大な領土を支配したローマ帝国と大英帝国。時を隔てた二つの帝国がどうつながっているのかを教えてもらいたかった。まずはビールで乾杯。フィッシュ&チップスと、牛フィレ肉をパイで包んだビーフ・ウエリントンを注文した。 

     店の名は「ザ目黒タバーン」。ビルの2階、100席を超す広い店の中央には馬蹄形のカウンターがある。自家製のエールビールやイギリス料理が楽しめる本格的なパブだ。「タバーンはラテン語、ギリシャ語のタベルナという単語からきています。飲食店のことです。よく日本人が、『飲食店なのにタベルナ(食べるな)とはこれいかに』って冗談で言いますけどね…」と本村氏は言った。

     毎年夏、本村氏が研究のため行くロンドンには、パブが街角の至る所にある。競馬好きの本村氏はブックメーカーの隣にあるパブで、どの馬に賭けようかと考える。1人で気軽に入れるし、いったんビールを頼んでお金を払えば、新聞を読もうが、何をしようが自由だ。「パブは個人主義から生まれてきた文化。日本にももっとあればいいのに」

    文明はローマとともに

    • 入り口前に飾られた西洋甲冑とイギリス国旗
      入り口前に飾られた西洋甲冑とイギリス国旗

     イギリスで「パブリック・ハウス」を略した「パブ」という言葉が酒場の意味で使われ始めたのは19世紀半ばだが、ルーツは三つある。宿泊施設のある「イン」、大麦を原料に各家庭で造られたエール(ビール)を呑ませる「エールハウス」、そして「タバーン」だ。

     『パブとビールのイギリス』(飯田操著、平凡社)によると、タバーンの発祥は、皇帝クラウディウスのローマ軍がケルト人の住むブリテン島に侵攻した紀元後43年にさかのぼる。ローマ軍は、軍隊を移動させる街道を築き、駐屯地のそばに「タベルナ」という酒場をもうけ、ワインや食事を提供した。その後も高級な飲食の場所として残り、ワインが大量に輸入されるようになった13世紀以降に国中に広まった。

     クラウディウス以前、ブリテン島には将軍カエサルも2度にわたって遠征している。ローマの属州とするまでには至らなかったが、第2次世界大戦時に挙国一致内閣を率いたチャーチルは、カエサルがドーバー海峡を渡ったときから、大英帝国の歴史が始まったと書いている。「チャーチルはローマの侵攻とともにイギリスが文明世界に入ったと考えたようです。先住のケルト人は文明の指標となる文字を持たず、都市的な生活も送っていませんでしたから」

    • ローマとイギリスの関係を語る本村氏
      ローマとイギリスの関係を語る本村氏

     古代ケルト人は神々が自然に宿ると信じ、ドルイドという祭司が神霊と交信した。神の怒りを鎮めるために人間が生け(にえ)として(ささ)げられたこともあった。「古代の宗教は、神々によきことをもたらしてほしいと願うより、災いをもたらさないでほしいと願った。天変地異があり、疫病、凶作や飢饉(ききん)があった。生きることが大変な時代でした」

     そうした土俗の宗教は、ローマの領土となった後も残っていく。「ローマの巧みさというのは、宗教だの言語だの、法慣習を強制しないところにあった。武力で抑えつけるだけでは長続きしません。広大な領土を支配するには、ある種の寛容さが必要なのです」 

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    2015年05月12日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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