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かやぶき屋根並ぶ大内宿…下郷町

かやぶき屋根の店が軒を連ねる大内宿。電柱は移設され、映画のセットにも見えるが、店の奥は住まいになっている

 かやぶき屋根の湯野上(ゆのかみ)温泉駅から、カーブの多い山道を車で十数分。

 郷愁を誘う町並みが、目の前に広がった。約500メートル続く土の道に、名物のそばや土産物の店など、かやぶき屋根の古民家33軒が並ぶ。大内宿(おおうちじゅく)には、年間100万人以上の観光客が訪れる。

 かやは燃えやすいので、花火遊びができない。大内宿の子どもたちは、8月に1回だけ、廃校のグラウンドで開かれる花火大会を楽しみにしている。

塔のへつり。展望台から見る木々が美しい
観音沼森林公園。沼の水面に、こんもりとした山々が逆さに映っていた

 江戸時代は北の会津若松と栃木県・今市を結ぶ下野(しもつけ)街道沿いの宿場町として栄えるが、明治以降は国道からそれて寒村になった。そば屋を営む吉村徳男(よしむらのりお)さん(60)の名刺には、かやぶき屋根の軒先にタバコの葉が干してある1967年の写真が印刷されている。

 農業から観光業への転機は、大内宿が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された81年。当時、屋根の半数ほどはトタンに変わっていたが、かやぶき屋根の町並みに戻す取り組みが始まった。しかし、かやぶき職人の後継者不足に直面。吉村さんは働き盛りの45歳で町役場を退職し、かやぶき職人に弟子入りした。

 大内宿町並み展示館で、パネル展示や映像を見ると、かやで屋根をふく工程は細かく、手間のかかる仕事であることが分かる。そば屋で生活を支えながら、修業をした吉村さんが、一人前のお墨付きをもらうまでに9年かかったという話にも、うなずくことができる。

 吉村さんは仲間と、「大内宿 (ゆい)の会」を作り、週1回、会員にかやぶきの技術を伝える勉強会を行っている。訪ねた夜、仕事を終えた20〜50歳代の男性6人が廃校の教室に集まり、練習用の大きな屋根を前に、黙々と軒の部分をふく作業を教わっていた。会員は徐々に腕を上げ、10人ほどが実際の仕事に参加できるまでになった。「ふき替えは15〜20年に1度、必要となる。覚えた技術を忘れないためにも、勉強会を続けたい」と吉村さん。

 結の会では、今年から、蛍の里づくりにも着手。幼虫や、エサのカワニナを育てる適地を選び、先進地の視察も行った。蛍は、庭先で花火ができない子どもたちへのプレゼントだ。会長の佐藤義孝さん(55)は「来年の夏には、観光客にも蛍の光を楽しんでいただけるようにしたい」と話す。

 町内は紅葉シーズンで、11月上旬までが見頃。湯野上温泉郷から車で約5分の阿賀川沿いにある国の天然記念物、塔のへつりは人気スポットの一つ。へつりは「川に迫る断崖」の意で、塔の形をした10の崖がそそり立つ。つり橋を渡り、浸食や風化で削られた凝灰岩に触れ、景観が作られた年月の長さに思いをはせる。

 道の駅しもごうから南へ約4キロ・メートルの高台にある観音沼森林公園では、沼の周り約1・2キロ・メートルの道を歩いた。水面に映る山々と、浮島や水草が織りなす絵画のような世界に浸った。

 原発事故の風評被害を受け、春夏の観光客は思わしくなかったが、復興を目ざし、文化財と自然を守る情熱が伝わってきた。(鳥居晴美、写真も)

 ●あし 東武線浅草駅、またはJR東京駅(郡山、会津若松経由)から、会津鉄道・湯野上温泉駅まで、3時間半が目安。東京から車の場合、東北自動車道・白河ICを経て約3時間。

 ●問い合わせ 下郷町観光協会=(電)0241・69・1144。

2011年10月20日  読売新聞)


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(2012年5月22日)[全文へ]

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