迷宮の駅前、ゴールはどこに!?…北綾瀬(後編)
ようやく「駅前」の境界にたどり着く
あまりにも広大な大谷田一丁目団地を見上げ、僕は言葉を失った。見上げたまま大通りを、磁石に吸い寄せられるように歩き続ける。
団地は延々と続き、果てがなかなか見えてこない。どこまで続くのか。どこまで進めば北綾瀬駅前と、隣り合う街の境界線にたどり着くのか。
湿った風を頬に感じた、と思ったらようやく団地が途切れ、昭和の香り漂う商店街に出た。大谷田すずらん通り。シャッターを閉じた店も多いが――昔ながらの豆腐屋、たばこ屋が並び、足元をネコがノンビリ横切る。車は通らず自転車だけが、チリリンとベルを鳴らして通りすぎる。
大谷田は明治時代の初めごろまで「大谷田村」というひとつの村だった。今では足立区の一部となり、その名を知る人も多くはなさそうだが……圧倒的な存在感と、その傍らに漂う懐かしさ。大谷田の暮らしは長い年月を股にかけ、今も昔も粛々と営まれている。
風に誘われ歩くと、中川に出た。広い川に橋が架かり、対岸は葛飾区水元。広大な北綾瀬駅前を、ようやく端まで歩いたようだ。
水鳥が飛び、イチョウの葉がハラハラと風に舞う。団地の向こうに冬の日が、早々と沈んでいった。
夕暮れて居酒屋へ足が向く
夕暮れになると、条件反射で一杯飲みたくなるのは僕だけだろうか。もはやパブロフの犬だ……自戒しつつも目が勝手に居酒屋を探してしまう。
北綾瀬駅周辺は、意外にも居酒屋が多い。いわゆる繁華街として店が固まっているわけではないが、住宅に挟まれて1軒、また1軒と居酒屋が点在し、選ぶのに迷ってしまう。そして――。
ユニークな名前の店が多く、これまた迷宮だ。「火男」と書いて「ひょっとこ」、「葡萄」と書いて「グレープ」。だが、さらに上を行く一軒を見つけて、目が
「おもしろ料理 おもしろ居酒屋 田吾作」! 「おもしろ料理」ってなんだいったい? 迷わず
「いらっしゃーい!」
どんな面白ご主人がいるかと思えば、笑顔が可愛い、人の良さそうな大将が出迎え。入り口そばの、カウンターの角席に座ると、
「そこ、暖房が直撃するけど、大丈夫ですか?」
と、すかさず言う。物言いが柔らかい。
さてと卓上のメニューには、ご自慢の「おもしろ料理」がズラリ。おにぎりの唐揚げ、アイスクリームの天ぷらなどに目移りしながら、まずイチオシの「じゃんぼメンコロ」。メンコロって? 半分がメンチで半分がコロッケ?
……それを本当にやってしまうのが、何だか素晴らしい。あっつあつで出てきた巨大なコロッケ、中を割ってみると確かに半分がジャガイモ、半分がひき肉入りメンチの具。なんでまた半々にしたのですか?と聞くと、
「いやその、特に意味はないんだけどね」
と可愛く笑う大将。意味など特にないのもまた「おもしろ料理」の
大将=中川昇さんは、葛飾区の立石ご出身。だが、ここで「おもしろ料理」の店を始め、もう30年になるという。
いろいろ聞いてみる。この辺は居酒屋が多いですね。
「のん兵衛が多いからじゃないかな。でも団地のほうから来る人は、少ないと思いますよ
この辺の人は、やっぱり北綾瀬駅を利用しますか?
「どうかなー。亀有までバスが出ているから、そっちのほうが多いかもね。僕もあまり使わないな、北綾瀬は。(ここでバイトのお兄さんに聞く)あれはどうなんだっけ、北綾瀬から直通で、どこかまで行けるんだっけ?」
バイトお兄さん「全部綾瀬乗り換えです」
そう聞くと大将は「じゃあ面倒くさいな」と言って笑った。地元の人でも、北綾瀬駅に対する認識は、そんな程度か。駅前人口は多いが、もっとアピールして自己主張が必要だぞ、北綾瀬駅。
周りの客も覗き込む
メンコロを食べ終わり、次なる「おもしろ料理」を物色……なんだこれ、たこ丸ステーキ?
「ひとりで食べきれるかなあ」という大将の言葉に闘志をかき立てられ、頼んでみた。やがて鉄板がジュージューと熱されて、芳ばしい香りが漂い始める。
「ハイお待ち。たこ丸ステーキ!」
ひょえーっ! 鉄板に乗って出てきたのは、こんがり焼かれたタコ丸ごと一匹! 周りの客も「なんだなんだ」と
食べなければ。ぶにゅっと曲がったタコの足にフォークを刺し、ナイフでガシガシ、口に放り込む。思ったより柔らかいけど、これを食べきるのは大変だ!
フォークとナイフを手に悪戦苦闘する僕を見て「アゴが大変でしょ」と大将が笑う。タコは大きくて、食べても食べても、なかなか減ってくれない。
迷宮は、どこまで続くのか?
この駅前は、どこまで進めばゴールにたどり着くのか? 途方に暮れながら、僕は目の前のタコをガシガシと切っては、口に運び続けた。
| おもしろ居酒屋 田吾作 |
|---|
| 東京都足立区佐野2-7-2 TEL 03-3628-9604 営業17時〜23時30分 無休 |
| プロフィール | |
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カベルナリア吉田
旅行ライター。1965年北海道生まれ。早稲田大学卒業後、読売新聞社、情報雑誌「オズマガジン」増刊編集長などを経て2002年よりフリー。沖縄や離島を舞台にした紀行文を単行本と雑誌で発表している。近著に「オキナワ マヨナカ」「沖縄の島を自転車でとことん走ってみたサー」などがある。
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