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    アウトドア・エッセイスト・木村東吉さんがランニングに関する名著を紹介します。
    連載の終わりに

    (下)ランナーはメッセンジャーたれ!

    • 走っていると、何気ない景色も美しく感じる
      走っていると、何気ない景色も美しく感じる

     もしも連載の依頼がなければ、これだけ短期間に、「走る」ことについて書かれた本を読む機会もなかっただろう。その間、他の分野の本を読めなくて、時にはこの連載を恨めしく感じたこともあったが、終わってみれば素晴らしい経験であった。

     「走る」ことを日常としていない作家の方は別にして、現在でも走っている、あるいはかつて選手として走っていた人が書いた本には、一つの共通点が見出(みいだ)される。それは現役時代にタイムや順位を競っていた人ほど、ただ単に「走る」ことに幸せを見出すということである。

     例えば自分が怪我(けが)や病気で歩くことさえままならない時、あるいは仕事や日常に追われて走る時間のない時、普通に歩いている人が羨ましくなったり、どんなにスローなスピードで走っていても、そのランナーが羨ましくなったりする。歩くことができることは健康の証しであり、走ることができることは目標に向かっている証しである。

     十代の頃、あるコメディー映画を()た。映画のタイトルは「オー!ゴッド」。カントリー歌手のジョン・デンバーが主人公で、役どころはジェリー・ランダースという、スーパーマーケットの平凡で真面目な副店長である。

     ある日、ジェリーは「神様」に呼び出される。最初はその「神様」をインチキ臭いオヤジだと思っていたジェリーだが、やがてその「神様」がホンモノだと気付く。で、その作中、ジェリーは神様に(たず)ねる。

     「なぜ、ボクを選んだのですか? ボクは平凡なスーパーの副店長ですよ!」

     すると神様は答える。

     「なぜスーパーの副店長を選んではいけないのだ? キリストだってモーゼだって、決して神ではない。神の言葉を伝えるメッセンジャーに過ぎないのだ」

     その映画を観て、「なるほど、それじゃあ誰だって神のメッセンジャーになれるんだ」と気楽に思ったモノである。

     しかし、誰でも「メッセンジャー」にはなれるが、やはりそれなりの「苦行」を経験した人のメッセージの方が、より人に対して説得力があるのは確かだ。いつも楽ちんばかりしていれば、人の弱さや痛みに気付くことに鈍感になる。人はやはり、己が傷ついて、己の弱さを知って、初めて人に優しくなれるものである。だがその「痛み」が特殊であれば、それもまた他者に伝わりにくい。

     その点、「走る」ことによって得る「痛み」は誰にだって理解できる。小学校の運動会の徒競走から始まって、中学や高校のクラブ活動を通じて、誰しも走る「(つら)さ」を知っている。その辛さが、肉体的なモノなのか、精神的なモノなのか、それはそれぞれに違いはあると思うが、短距離ならまだしも、長距離の辛さは誰もが敬遠したくなる辛さだ。

     だが日本人の誰もがマラソン中継が好きで、駅伝中継も好きだ。野球やサッカーみたいに派手なプレーもなければ、一発逆転で勝負が決まるスリリングな展開もない。だが皆、走る選手の苦痛に(ゆが)む表情を見つめ、そのレースに挑戦する心情を解説者から聞き、ぐっと拳を握りしめて応援し、時には涙さえも流す。

    ランナーのカラダは社会貢献

    • 走ることを日常としていると、世代を超えた仲間が増える
      走ることを日常としていると、世代を超えた仲間が増える

     さきほど、かつてタイムや順位を競っていた選手たちほど、現役を退いた時に、それらを忘れて自由に走り回る気持ち良さを見出すと言った。ある者はその経験を書物にし、ある者は後進を育成し、ある者は様々なイベントを通じてその楽しみを伝えていく。

     我々は進化の過程で二足歩行を覚え、やがてその二本の足で走り始めた。その足をどれだけ早く動かすことが出来るか? どれだけ長い距離を走り続けることが出来るか? なんの道具も持たず、特殊なテクニックも要せず、あらゆる故障や困難を乗り越えて。

     これまでに述べてきたことから、ランナーこそがメッセンジャーとして相応(ふさわ)しいと思うが、それは決して早く走らせる(ため)のメッセージではない。健康的に、美しく、幾つになっても走ることができるような肉体、精神力を培う体づくりの為のメッセージである。最近、ある有名女性ランナーが、故障箇所にテーピングをしてまで走っている市民ランナーに警鐘を鳴らしていたが、あくまでも健康的に走る為のメッセージである。

     聞くところによると、我が国の生活習慣病に関する医療費は、国全体の医療費の3分の1を占めるという。もちろん日常的に「走る」ことを習慣にしていれば、生活習慣病にかかる確率は確実に低くなるはずである。その結果、不足しがちな老人医療費や介護への補填(ほてん)が可能になるだろう。

     つまり、「走って」健康体を保つことは、現在は保険社会への貢献であり、それはいずれ己が年老いた時に、我が身に還元される貢献なのである。

     もちろん不健康な人生より、健康的な人生の方が楽しいに決まっている。食事や酒だって(うま)いし、走ることを通じて、より多くの新しい友達にも恵まれる。しかもその友達は、年齢や社会的な立場に無関係な友達なのだ。だからその交友関係に()いてもストレスを感じる必要もないだろう。

     最後になったが、この「走るを読む」のコーナーを読んでいただき、SNS等でシェアしていただいた多くの方々に感謝したい。古くから「晴耕雨読」という言葉があるが、良い書物を読み、健康的に走ることはこの世の幸せ。「晴走雨読」という言葉を皆さんと分かち合いたい(シェアしたい)と思う。

     (おわり)

    【走るを読む・作品リスト】

    「イート&ラン」(スコット・ジュレク)
    (上)父親の口癖だった「とにかくやるんだ」(2015年02月10日)
    (下)伝説のランナーが、やがて気付く「走る意味」(2015年02月17日)

    「ランナーのメンタルトレーニング」(ジョー・ヘンダーソン)
    (上)たとえ100人に負けても感じる達成感(2015年01月20日)
    (下)フルマラソンには2つのレースが隠れている(2015年01月27日)

    「チーム」(堂場瞬一)
    (上)「学連選抜」の選手が背負うべきモノとは(2014年12月17日)
    (下)20キロを死に物狂いで走れば、人生観は変わる(2014年12月24日)

    「ランナー」(あさのあつこ)
    (上)ランナーに必要なのは、肉体と大地だけ(2014年11月10日)
    (下)「ランナーズハイ」なんてウソっぱちだけれど(2014年11月17日)

    「走りながら考える」(為末大)
    (上)あの瞬間、なぜ全力疾走しなかったのか(2014年10月10日)
    (下)ヒトの評価を「他人軸」から「自分軸」へシフトする(2014年10月17日)

    「42.195kmの科学―マラソン『つま先着地』VS『かかと着地』」
    (上)優れたランナーが持つ3つの特質(2014年09月10日)
    (下)誰が最初に2時間の壁を破るのか?(2014年09月18日)

    「55歳からのフルマラソン」(江上剛)
    (上)経営破綻に苦しむ銀行マン、アスリートへ変貌(2014年08月11日)
    (下)走ることで手に入れたまったく別の人生(2014年08月18日)

    ウルトラマラソンマン(ディーン・カーナゼス)
    (上)足で走ろうと思うな。ハートで走れ(2014年07月11日)
    (下)最高のモチベーションは「愛」である(2014年07月18日)

    「走る意味~命を救うランニング」(金哲彦)
    (上)運命を切り開いたカリスマ指導者(2014年06月12日)
    (下)死の恐怖を乗り越えた先の「走る喜び」(2014年06月19日)

    「風が強く吹いている」(三浦しをん)
    (上)ボロアパートの住人、箱根を目指す!(2014年05月09日)
    (下)1位になろうとも、自分に負ければ勝利ではない(2014年05月22日)

    「BORN TO RUN」(クリストファー・マクドゥーガル)
    (上)人間が走る意味を根源から問いかける(2014年04月10日)
    (下)ハイテクシューズと現代文明への警鐘(2014年04月17日)

    「速い男に賭けろ」(トム・マクナブ)
    (上)己の人生をフットレースに賭けた男たち(2014年03月13日)
    (下)君は自分自身の能力を何に賭けるのか?(2014年03月20日)

    「走ることについて語るときに僕の語ること」(村上春樹)
    (上)職業作家のシリアスな「走る自分史」(2014年02月13日)
    (下)すべてのランナーに贈る言葉(2014年02月19日)

    【走るを語る】木村東吉さん

    (1)ワラーチで500キロ(2013年04月01日)
    (2)原点は中学時代の大恋愛(2013年04月04日)
    (3)朝の日課は仲間たちと(2013年04月08日)
    (4)走ることは生きること(2013年04月10日)

     

    筆者プロフィル
    木村東吉
    (きむら・とうきち)
     1958年、大阪府生まれ。20歳代はファッションモデルとして雑誌「ポパイ」等で活躍。30歳代になってからアウトドア関連の著書を多数執筆。現在は、富士五湖の一つ、河口湖を拠点として執筆、取材、キャンプ教室の指導、企業CM、雑誌モデル等、幅広く活動している。アドベンチャー・レースの草分けとしても知られ、92年には世界一過酷と言われる「レイド・ゴロワーズ」に初の日本人リーダーとして参加。数多くのアドベンチャー・レースのコースディレクターも務めている。豊富なランニング経験を生かし、2006年には女性誌の企画で40歳代の読者モデル6人を指導し、全員ホノルルマラソンを完走させた。近年は「ワラーチ」を履いて長距離を走っている。
    2015年03月12日 09時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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