冬季五輪(氷上編)     

挑戦の記録

 
YOMIURI ONLINE 読売プレミアム
制作・著作 読売新聞

 先人の背中と彼らが切り開いた記録を追い、世界に挑むアスリートたち。韓国・平昌(ピョンチャン)で2月に開かれる冬季五輪で、どんな歴史が新たに刻まれるのだろうか。読売新聞の写真アーカイブから、挑戦の記録をひもとこう。
(2018年1月。データベース部・本間光太郎、村田英俊。文中敬称略)
※掲載した写真をご希望の方は、スライドの最後をご覧ください

フィギュア男子で、日本初の金に輝いた羽生結弦。だが、フリーで思わぬ転倒もあり、「自分の演技がくやしく、うれしい感情はなかった」と語った(2014年、ソチ)

フィギュア女子の銀メダルに手を添える浅田真央。ライバル・金姸児(キムヨナ)が中央に立った表彰台で、浅田の顔から表情は消えていた(2010年、バンクーバー)

バンクーバーの4年後、フィギュア女子で6位の浅田真央は「目指す演技ができ、私なりの恩返しができた」と笑顔で話した。ショートプログラムは16位と出遅れたが、一夜明けたフリーで素晴らしい演技を見せ、世界中の感動を呼んだ(2014年、ソチ)

右ひざの大けがを乗り越え、果敢に攻めた高橋大輔。演技後半に起死回生のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を成功させた彼に、銀盤の女神は銅メダルというプレゼントを贈った(2010年、バンクーバー)

一度は引退を決意しながら、再び目指した五輪で金をつかんだ荒川静香。「続けられるよう道を作ってくれた人、周囲の人に感謝したい」と語った。(2006年、トリノ)

 「五輪でどうしてもトリプルアクセルを跳びたかった」。伊藤みどりは2日前のジャンプ失敗という逆境をはね返し、銀に輝いた。彼女の存在は日本フィギュアを大きく前に進めた(1992年、アルベールビル)

 スピードスケート男子500メートルで、銀メダルの長島圭一郎。「転んでもいいと思って飛ばした」という滑りで、挽回不能に見えたタイム差をひっくり返した(2010年、バンクーバー)

スピードスケート女子団体追い抜きで、日本はドイツにわずか0・02秒差で逆転負けし、金メダルを逃した。「悔しい。最後の最後まで行ったのに……」。選手の目に涙がにじんだ(2010年、バンクーバー)

スピードスケート男子500メートルで3位の加藤条治。6位に終わったトリノの雪辱を果たしたが、「てっぺんを取れなくて悔しい。銅メダルはぎりぎり合格かな」。(2010年、バンクーバー)

 スピードスケート男子500メートルで、清水宏保は惜しくも銀メダル。レース後、報道陣に「これが実力」と語ったが、腰の故障に話が及ぶと「万全の体調でやりたかった」とも(2002年、ソルトレーク)

 「君が代を聴くために長野に行く」。こう意気込んでいた清水宏保は、会場にその歌が流れると肩を震わせた。スピードスケート男子500メートルで優勝。日本スケート界初の金メダルだった(1998年、長野)

スピードスケート女子500メートルで銅メダルの岡崎朋美。「橋本聖子さんと同じ色のメダルを取れて良かった」。尊敬する先輩を越えるメダルではなかったが、それを喜ぶ言葉に、素直な人柄がにじんだ(1998年、長野)

スピードスケート男子500メートルで銅メダルに輝いた、堀井学の力走。レースを振り返って「これが終わりというわけではありません。35秒台も目標のひとつですし」と自分に言い聞かせるように語った(1994年、リレハンメル)

けがを乗り越え、スピードスケート女子5000メートルで銅メダルの山本宏美。帰国後、「オリンピックには魔物だけでなく神様もいるなと実感した」と喜びを語った(1994年、リレハンメル)

3度目の冬季五輪で、悲願のメダルを手にした橋本聖子。スピードスケート女子1500メートルで銅に輝いた。彼女の名前は、1964年の東京五輪の聖火にちなんでつけられた(1992年、アルベールビル)

橋本聖子の銅は、日本の女性選手として冬季五輪で初めてのメダルだった。小さな体が、氷上の弾丸となってゴールを駆け抜けた(1992年、アルベールビル)

銀メダルの先輩が「井上の滑りがいい刺激になった」とたたえると、銅メダルの後輩は「緊張をパワーに変えられた」と応じた。スピードスケート男子500メートルで銀の黒岩敏幸(左)と、銅の井上純一(1992年、アルベールビル)

スピードスケート男子1000メートルで快走する宮部行範。1位とわずか0・07秒差の好タイムで銅メダルに輝いた(1992年、アルベールビル)

スピードスケート500メートルで銅に輝き、拍手に応える黒岩彰。4年前のサラエボで惨敗して以来、血のにじむような練習とたった一人の海外遠征を重ね、「自分でも立派だと思います」と語った(1988年、カルガリー)

スピードスケート500メートルで力走し、銀メダルの北沢欣浩(よしひろ)。半世紀余りにわたって日本スケート界の悲願だった、五輪初めてのメダルだ(1984年、サラエボ)

スピードスケートのショートトラック男子500メートルで、金メダルの西谷岳文。「清水宏保さんや里谷多英さんと、同じメダルを取れるとは」。自身の快挙に信じられない様子だった(1998年、長野)

 ショートトラック男子5000メートルリレーで、日本は銅メダルに輝いた。ニュージーランドとの激しい3位争いを制し、日本の「メダルラッシュ」の最後を飾った(1992年、アルベールビル)

強豪スウェーデンに挑むカーリング女子。ここで敗れて準決勝進出の夢は絶たれたが、長野大会と並ぶ5位入賞となった(2014年、ソチ)

読売新聞は戦前・戦中から現代まで、時代の動きを記録した報道写真を数多く保管し、有料で提供しています。「読売ニュース写真センター」(メール:photodb@yomiuri.com、電話:03・3217・3471)へお問い合わせください。
 フォトアーカイブ「よみうり報知写真館」(https://database.yomiuri.co.jp/shashinkan/)でも写真を探すことができます。閲覧は無料です。

 過去の読売新聞の記事は、オンライン・データベース「読売記事検索」(http://www.yomiuri.co.jp/database/kensaku/)で読めます。利用は月300円(税抜き)から。

【撮影】読売新聞写真部【作成】読売新聞データベース部
YOMIURI ONLINE  読売プレミアム
Copyright (C) The Yomiuri Shimbun.
今回取り上げた写真の一部は、「よみうり報知写真館」で購入できます