戦後70年に学ぶ

  開戦の地 ハワイ真珠湾

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制作・著作 読売新聞

太平洋戦争開戦の舞台となったハワイ州オアフ島真珠湾。1941年12月7日に旧日本軍の奇襲攻撃を受け、米国人約2400人が犠牲になった。ここから日本とアメリカは終戦までの4年間、壮絶な戦争に突入する。今も米海兵1000人以上を乗せたまま、海に眠る「アリゾナ」、1945年降伏文書調印の舞台となった「ミズーリ」など、真珠湾に残る戦跡を訪ね歩いた。

日本の奇襲を受け沈没。多くの米軍海兵と共にいまだに海中に沈んだままの戦艦アリゾナ

年間100万人以上が訪れるアリゾナ記念館。1日4500人の人数制限で海軍のボートによってのみ訪問できる

見学者たちは犠牲になった海兵を悼み、静かに祈りをささげていた

沈んだ戦艦をじっと見つめる女の子。漏れ出ているオイルは「アリゾナの涙」とも呼ばれている

沈んだ船体の様子を見る人たち

ボランティアスタッフの説明に熱心に質問する見学者の姿も

アリゾナ記念館に空いた7つの窓は、真珠湾攻撃の「12月7日」を意味しているという

アリゾナに乗船中、犠牲となった全員の名前が記された慰霊碑

慰霊碑には真珠湾攻撃で犠牲となった米兵全員の名前が記され、静謐さが漂う

真珠湾攻撃の象徴・戦艦アリゾナが撃沈された場所(手前)の奥に、現在は記念館となっている戦艦ミズーリが位置する

戦艦ミズーリの主砲は、新宿から八王子まで飛ばせるほどの射程を持つという

甲板の調印式が行われた場所には、「ここで第2次世界大戦が終結した」と彫られた板が設置されている

降伏文書のレプリカを見る人たち。文書はアメリカは革製、日本は布製だったという

戦艦ミズーリ右舷後方には、旧日本軍の特攻機がぶつかった跡が残されている

「太平洋航空博物館パールハーバー」の館内に入ると、すぐに零戦が展示されている

「太平洋航空博物館パールハーバー」特攻隊員に向けた日の丸の寄せ書きも展示されている

アメリカの戦闘機「ウォーホーク」と向かい合うように、零戦は展示されている

アメリカの急降下爆撃機「SBDドーントレス」。幾度もの戦闘に参加したのだろうか、機体には無数の傷がついていた

旧日本軍の人間魚雷「回天」

「潜水艦ボーフィン博物館」に展示されている、「真珠湾の復讐者」の異名を持つ潜水艦「ボーフィン」

潜水艦ボーフィンの艦首の魚雷発射管

右舷艦橋近くには、ボーフィンが沈めた旧日本軍の艦船の数を示す日の丸が描かれている

真珠湾攻撃で最初に日本軍の奇襲を受けたとされる戦艦「ユタ」。フォード島の傍らで、今もその姿を残し続けている

アリゾナからは今も重油が漏れ、手向けた花が海面で混じり合っていた

【取材・撮影】読売新聞東京本社写真部 飯島啓太
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