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制作・著作 読売新聞大阪本社

  阪神大震災から20年。

 2015年8月、
 震災を知らない
  神戸・阪神間の小学生10人は、

  東日本大震災から
  5度目の夏を迎えた被災地で、

(左)名勝・高田松原。数万本の松が砂浜2キロに並ぶ。約350年前、塩害対策の防潮林として植栽された(2006年撮影) (右)津波にのみ込まれた砂浜に、奇跡的に1本の松が残った。「奇跡の一本松」と名づけられた(2011年3月23日)

「奇跡の一本松」を訪れた子どもたち

900年の伝統を持つ「気仙町けんか七夕まつり」。津波で残った山車は1基だけだった。 全国からの寄付で2基目が再興された。まつり保存会の河野和義会長は「人の情けや助け合うことの大切さを学んだ」と涙ぐんだ

夜、太鼓の音と歓声が交錯するなか、子どもたちは2基の山車がぶつかりあうさまに魅せられた

津波が押し寄せた気仙沼市内。沿岸部では大型船が陸に乗り上げた(2011年3月撮影)

全国有数のカツオ、フカヒレの産地として知られる気仙沼市。地元漁協の佐藤亮輔組合長(右端)は「目標に向かって結束することが大きな力を生む」と語った

津波が襲い、がれきの街になった(2011年3月12日撮影)

南三陸町防災対策庁舎。3階建ての庁舎の屋上まで津波が達し、町職員ら43人が死亡・行方不明となった。鉄骨がむき出しになった姿は、津波の恐ろしさを見せつけた(2011年4月撮影)

震災遺構として保存するのか、
遺族感情に配慮して解体するのか。 
賛否両論に分かれた。

震災20年にあたる2031年まで
県有化されることが決まり、
結論は先送りされた。

子どもたちは南三陸町防災対策庁舎前で黙とうをささげた

南三陸町出身の震災語り部大学生(右端)から被災体験を聞く子どもたち。「災害時にはまず自分を守ることが大切」ということばにうなずく

閖上(ゆりあげ)地区。灰色の海がせりあがって、濁流がまちをのみ込んだ(右奥に仙台空港、左手に太平洋が広がる、2011年3月撮影)

震災語り部に取り組んできた地元・宮城県農業高校の生徒らとの交流会。被災体験や防災の知恵に耳を傾けた

子どもたちは閖上地区を訪れた。かつては住宅が立ち並んでいたが、家の基礎が残るだけだ。 更地になった街から、震災前の営みを想像するのは難しい

宮城県農業高校生が考案した、目の前の景色にデジタル画像で復元した震災前の風景を重ねあわせる眼鏡型端末「AR(拡張現実)グラス」。子どもたちは、震災前と現在の風景を比べてみた。 震災前の閖上地区が広がる(株式会社dmp提供)。津波が奪ったものが見えてきた

赤貝の水揚げで知られる閖上漁港。漁船約100隻が津波で流され、魚市場も流失した。震災後、建設された仮設魚市場で復興に向けて歩む

 被災地で感じたこと。


「一人だったらできないことも
 みんなが力を合わせたらできる」

  「どんなにつらい状況でもあきらめない」

  「だれかをたより、だれかにたよられないと
   生きていけない」

  「命の大切さを忘れずにいたい」

 子どもたちは、神戸・阪神間に戻って、
 壁新聞を作った。

子どもたちが作った壁新聞の展示・発表。気づいたこと、学んだことをたくさんの人に伝えていく(3月、大阪市阿倍野区のあべのハルカス近鉄本店で)

参加したみなさん

 井上輝星くん、井上瑞基くん、
 岩佐賢司郎くん、大塚乃愛さん、
 駒井あかりさん、下村薫実さん、
 鈴木愛加さん、辻森誠也くん、
 中川大輔くん、鳴海彩花さん 

制作:読売新聞大阪本社
「未来へ紡ぐリレープロジェクト」 
主催:読売新聞大阪本社
共催:公益社団法人 日本ユネスコ協会連盟 
後援:岩手県、宮城県、兵庫県、神戸市
協賛:大塚家具、神戸学院大学、
新コスモス電機、大和リース、
阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター、
モリタホールディングス

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