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    パンデミックから共存へ

    ゲノム解析が明らかにするウイルスとの共進化…京都大学ウイルス研究所・朝長啓造教授

    相互作用による進化

    • 京都大学ウイルス研究所・朝長啓造教授
      京都大学ウイルス研究所・朝長啓造教授

     ウイルス感染というと病気に関係する話が多いが、今回はウイルスと我々が、進化の過程でどう影響し合ってきたのかという話をしたい。

     互いの生存に密接な関係がある複数の種が影響を及ぼし合いながら進化することを「共進化」と呼ぶ。捕食者と被食者、寄生者と宿主のように対立関係にある場合、一方が進化すると他方がそれに対抗するように進化する。一方、昆虫と花の関係では、相互適応的に形態を変化させる。被子植物は花粉や種子を昆虫や動物に運ばせるように進化し、昆虫や動物も口を長く伸ばして、変化に対応する。こうした共進化は、究極的には共存の道へと進む。

     私たちが研究しているのは生物とウイルスとの相互作用だ。これも多くは共進化として発展した。

    哺乳類で32万種類

    • 図1
      図1

     ウイルスはいつごろから地球上に存在しているのか。地球誕生が46億年前。40億年前にまずRNAを中心とした世界ができ、38億年前には細胞が生まれた。35億年前にはDNAを中心とした世界になった(図1)。

     ウイルスは少なくとも30億年前には誕生していることがわかっている。細胞の誕生とともに、連綿と共存関係が続いていると考えられている。哺乳類が生まれた2億2000万年前には、すでにウイルスがあふれていた。生物の進化はウイルスとの闘いの連続。現存する生物は、進化においてウイルスと共存関係を築くことに成功した種と言える。

     共存関係を獲得したウイルスは病気を起こさないので、発見しにくい。現在確認されているウイルスは2290種。だが、哺乳類だけでも少なくとも32万種類のウイルスがいまだ発見されていないと見られている。ウイルスの数で言うと、地球上には10の31乗個も存在すると言われている。

    病気を起こすウイルス

     ウイルス学者の研究対象になっているウイルスには、エイズの原因になるヒト免疫不全ウイルス(HIV)や、鳥インフルエンザウイルスなどがある。これらは比較的最近に野生動物から人間に感染し、まだ共存関係が成り立っていない。

     HIVは、レトロウイルス科レンチウイルス属のウイルスで、似たような種類にSIV(サル免疫不全ウイルス)がある。SIVはサルに感染が広がっているが、共存関係が成り立っているため、ほとんど病気を起こさない。HIVは、1900~30年にSIVから変化して、ヒトに蔓延(まんえん)するようになったと考えられている。

     HIVをサルに感染させても病気は起きない。感染を阻害する仕組みを調べれば、エイズの治療薬の開発につながる可能性がある。例えばTRIM5αという遺伝子は、HIVが細胞内に侵入して中身を放出する過程を阻害する。そのほかにもいろいろな阻害因子が見つかってきている。

    ゲノムの中に存在

    • 図2
      図2

     次に、ゲノム(全遺伝情報)の中に組み込まれている「内在性ウイルス」の話をしたい。ウイルス化石とも呼ばれ、もともとはウイルスだった遺伝情報がゲノムに取り込まれ、生物の進化に多大な影響を与えている(図2)。

     ウイルスの中で、レトロウイルスという種類は、遺伝情報をRNAで持っているが、細胞の中でいったんDNAに変換(逆転写)して、宿主のゲノムに組み込んでから増殖する。

    • 図3
      図3

     もしレトロウイルス感染が生殖細胞で起きたら、精子や卵子にウイルスのDNAが組み込まれ、その子孫は体細胞全体にウイルス遺伝子を持つ個体になる。仮に大規模感染が起きると、ほとんどの人類はこのウイルス遺伝子を持つようになる。

     人間のゲノムには、こうしたウイルス由来の配列が25万6000個ある。生命活動を支えるたんぱく質を作る通常の遺伝子領域はゲノムの1.5%しかないが、内在性ウイルスは8%も占めている。LINEやSINEと呼ばれる元はウイルスかもしれない配列も含めると、ゲノムの約半分はウイルス由来かもしれない(図3)。

    生命現象に利用

     ゲノムに残されたウイルスを研究する学問を「ゲノムウイルス学」や「古ウイルス学」と呼ぶ。生命の基盤や、ウイルスと生物の進化、ウイルス感染症の謎を明らかにすることが目標だ。

     哺乳類の内在性ウイルスは1970年前後に見つかった。「AKRマウス」というマウスは何もしなくても、白血病を起こす。ゲノムの中に内在性ウイルスが存在し、細胞を培養するとウイルスが放出されることが示された。これは内在性ウイルスが病気を引き起こすことがあるという例だ。

     ヒトの内在性ウイルスも1981年に報告された。内在性ウイルスは、恐らくあらゆる動物に存在しており、通常は共存関係になっている。

     生物は内在性ウイルスを生命現象に利用していることも分かってきた。

     人間の胎児を育む胎盤には、母体の血管から胎児の血管に栄養を送るのに必要な「合胞体栄養細胞」がある。合胞体栄養細胞は細胞同士が融合することが必要で、そこに関わる遺伝子シンシチンは、「HERV―W」というレトロウイルス由来であることがわかった。2500万年前に類人猿の祖先に感染したと見られている。

     また、魚類から両生類、爬虫(はちゅう)類、哺乳類と進化していく際、陸上で生活するために皮膚を保湿しないといけなくなったが、この進化にも内在性ウイルスが関係している。マウスの皮膚で、保湿に重要な役割を持つSG1細胞が作られるためには、レトロウイルスが持っている酵素と似た構造のたんぱく質が必要であることが分かっている。生物は感染したウイルスを利用することで環境に適応するように進化してきたと言える。

    病原性を抑える働きも

    • 図4
      図4

     ゲノムに存在する内在性ウイルスは、レトロウイルス由来だけではないこともわかってきた。

     私たちは2010年、ボルナウイルスが人間を含む哺乳類に内在性ウイルスとして存在することを発見した。ボルナウイルスは遺伝情報をRNAに持つRNAウイルスで、馬や牛に感染すると致死的な病気を起こすが、人間に対して病原性はほとんどないと見られる。

     ゲノムを調べると、人間の染色体上に7か所、ボルナウイルス由来の配列があることがわかり、「EBLN(エブリン)」と名付けた。ゴリラやチンパンジーなども同じ場所にEBLNを持ち、4000万~4500万年前に、類人猿の共通祖先にボルナウイルスが感染したと考えられる(図4)。

     染色体上の場所は異なるが、魚類や哺乳類、爬虫類にもEBLNが見つかっている。これほど広く感染しているウイルスが、レトロウイルス以外で発見されたのは初めてだ。

     EBLNがあると、ボルナウイルスが新たに感染できない可能性も明らかとなってきた。逆にEBLNを持たない種では、致死性の病原性を示す。

     生物は進化の過程で感染したウイルスをゲノムの中に記憶していると考えられる。これがウイルスとの共存につながる可能性がある。

     4500万年前に感染したウイルスが今役立っているのは不思議な気がする。内在性ウイルスの研究を進め、ウイルス感染症の治療法やワクチン開発につなげていきたい。

    朝長啓造(ともなが・けいぞう)
     1990年鹿児島大学農学部卒。94年東京大学大学院博士課程修了。米タフツ大学医学部博士研究員、大阪大学微生物病研究所准教授などを経て、2011年から現職。

     (※図は朝長教授提供)

    【質疑応答】

      胎盤を作るのに役に立ったウイルスの話があったが、オーストラリアにいる胎盤がない哺乳類は、このウイルスに感染し損なったのか。

      非常に興味深い質問だ。カモノハシなど胎盤を作らない哺乳類にもレトロウイルスの感染は認められる。進化の過程でどのようなレトロウイルスが胎盤形成に重要な遺伝子となっていったのかはまだわかっていない。しかしながら、カモノハシなどでは、胎盤を作る哺乳動物が共通に持つレトロウイルス関連遺伝子がないこともわかっている。このレトロウイルス関連遺伝子が胎盤の進化に必須であったかは今後の研究が明らかにするに違いない。

      生物の進化には、ウイルスの関与と、遺伝子の突然変異のどちらの影響が大きいのか。

      難しい質問だ。ウイルスがどれくらい進化に関係しているか、最近研究が始まったところであり、その貢献度の大きさは明らかでない。しかし、ウイルスが進化に及ぼした影響は今後さらに解明されていくだろう。

      ボルナウイルスとレトロウイルスはどう違うのか。

      ウイルスは、DNAウイルス、RNAウイルス、レトロウイルスの三つに分けられる。レトロウイルスは遺伝情報をRNAで持っているが、複製の過程で自分が持つ逆転写酵素を使って、RNAをDNAに変える。そのため、ゲノムにウイルスの遺伝情報が取り込まれやすい。一方、ボルナウイルスはRNAウイルスの一種で、逆転写酵素を持たないのでDNAを作らずに増えていく。ところが、まれに細胞側の逆転写酵素によってDNAに変換され、ゲノムに組み込まれることがある。これが両者の違いだ。


     ◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。毎月1回、東京・品川で開いている。日程や参加申し込みは、セミナーのホームページへ。

    2014年02月10日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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