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    スピン流が拓く新しい世界

    東北大学金属材料研究所・高梨弘毅副所長

    限界見せつつある半導体の集積度

    • 東北大学金属材料研究所・高梨弘毅副所長
      東北大学金属材料研究所・高梨弘毅副所長

     エレクトロニクス(電子工学)は、一言で言うと電子の動きをコントロールして、応用する技術分野のことを指す。

     電子の動きを制御する具体的なものとして挙げられるのが、ダイオード、トランジスター。こういったものを組み合わせて作った集積回路や大規模集積回路は、記憶や論理演算ができる。この集大成がコンピューターだ。

    • 図1
      図1

     電子工学は、第2次世界大戦後に米国でトランジスターが発明されてから飛躍的に発展した。電子工学を支えてきた材料が半導体で、特にシリコンは半導体を作るのに非常に大きな役割を果たしてきた。

     だが、これが限界に達しつつある。半導体の集積度は18か月から24か月で倍増すると1960年代半ばに予言され、その通りに発展してきた(図1)。CPU(中央演算処理装置)というコンピューターの頭脳に入っているトランジスターの数は今や、10の10乗に近いところまで来ている。サイズは数十ナノ・メートル(ナノは10億分の1)という小ささだ。部品の微細化をこれ以上進めるには、コストがかかるし、コンピューター全体の発熱量も増える。発熱を冷却するのも大変な状況になっている。

    電子の自転で生じる「スピン」

     新しい電子工学の必要性が10~20年前から叫ばれている。磁性材料を使うスピントロニクスもそのひとつだ。

     磁性材料とは何か。物質を構成する原子は、一つの小さな磁石になっている。原子の小さな磁石がそろって整列しているものが磁性体で、物質全体でN極とS極がはっきり分かれている。鉄、コバルト、ニッケルは代表的な磁性体の金属だ。

     磁性体にはソフト磁性体とハード磁性体の2種類がある。ソフト磁性体は、磁石の方向がそろっているけどすぐに変わる。磁石を近づけると簡単にN極、S極が変わってしまう。一方のハード磁性体は、容易に変わらない。N極にN極を近づければ反発するし、S極を近づけるとくっつく。永久磁石とも呼ばれていて、皆さんがよく知っている磁石はハード磁性体だ。

    • 図2
      図2

     ハード磁性体、ソフト磁性体でそれぞれ色々な使い道がある。ハード磁性体の永久磁石は発電機、モーターやスピーカーなどに、ソフト磁性体は電圧を変える変圧器に用いられている。磁性材料は、電子工学分野でも重要で、磁気記録、ハードディスクに使われる。

     ところで、原子はなぜ一つの小さな磁石になるのか。原子核の周りを電子が回り、磁場が発生する。電子の動きで磁石ができているわけだ。それとは別に、電子自身も自転運動で回り、磁場を発生させる。電子自身が持つ磁石の性質をスピンと呼んでいる。電子のスピンが物質の磁気の根源だ(図2)。

     スピントロニクスは、このスピンという性質と、電子の流れである電流を融合させようという技術だ。ナノスケールの世界では、スピンの性質を用いて電流や光を制御することができるようになる。逆も可能で、電流や光で磁気をコントロールできる。そこに新しい可能性が出てくる。

    ハードディスクやメモリーに応用

    • 図3
      図3

     スピントロニクスの代表的な現象に、巨大磁気抵抗効果、トンネル磁気抵抗効果というものがある。磁気抵抗効果は、磁場をかけると電気抵抗が大きく変化する現象のことだ。

     磁気抵抗効果を応用したハードディスクドライブの磁気ヘッドと呼ばれる読み出し装置の開発によって、ハードディスクの容量は飛躍的に増えた。円盤状のディスクが磁性体になっていて、N極、S極の配列に置き換えられた情報が詰まっている。磁気ヘッドの働きで情報を記録したり、読み出したりする(図3)。読み出す時に、巨大磁気抵抗効果を使っている。

     巨大磁気抵抗効果は1988年に発見され、10年で実用化につながった。その後に注目されるようになったのが、トンネル磁気抵抗効果だ。鉄やコバルトなどの磁性体の金属の間に薄い絶縁体をはさみ電子を流すと、トンネル効果によって電子が絶縁体を通り抜けることができる。ふたつの金属のN極S極の向きが同じ方向だと電子が通り抜けやすくなり、電気抵抗が小さくなる。逆向きだと通りにくくなる。

     トンネル磁気抵抗効果の応用例として期待されているのが、不揮発メモリーと呼ばれるものだ。普通のメモリーは半導体が使われていて、電源を切ると情報が消えてしまう。これに対して、電気を供給しなくても情報を失わないものが不揮発メモリーだ。

     不揮発の利点は、コンピューターの電源を入れてハードディスクから情報をメモリーに読み出す手間が省けるうえ、電気を常に流す必要がないので省エネにもつながることだ。トンネル磁気抵抗効果を使って、電気抵抗が低い時は「0」、高い時は「1」にしてメモリーを構成する。

    電流とは違う動きをする「スピン流」

    • 図4
      図4

     スピントロニクスで今後重要になってくるのが、スピン流というものだ。電子は、電荷とスピンのふたつの性質を持っている。電荷の流れが電流、スピンが作り出す磁気の流れがスピン流だが、最近まではスピン流を使おうという発想はなかった。

     スピン流は、電流と一緒に流れる場合と電流を伴わずにスピン流だけで流れる場合がある。スピン流だけ流れることを「純粋スピン流」というが、現在はこれを効率的に作り出す研究が進められている。電流にとっての絶縁体の中にもスピン流が流れる物質がある。電流にとっての物質区分である伝導体、半導体、絶縁体は、必ずしもスピン流には当てはまらず、既存の物質の概念を変えるものだ(図4)。

     スピン流を使って、今までの電流の機能の一部を置き換えられないか。スピン流をどう作って、どうコントロールするかの研究は、ここ10年で発展した。スピン流を中心にした回路が開発できれば、電流を使った回路よりも省エネの面でも絶対に優れているはずだ。実用化に向けて検証すべき課題も多いが、様々な場面での活用が可能だと考えている。

    高梨弘毅(たかなし・こうき)
     1981年東京大学卒業。86年に同大大学院理学系研究科博士課程終了。東北大学助教授などを経て、2000年に同大教授。09年から現職。

     (※図は高梨副所長提供)

    【質疑応答】

      スピン流は、電流と比べてどれぐらいのものを作ることが可能なのか。

      スピン流を取り出そうとする場合、電流に対して数%分のものを作ることができるが、まだわずか。現状では回路にするにはまだ足りない。

      海外の競争相手は?

      ドイツでは、スピン流と熱との関連が注目されていて、EUが先導した計画が進んでいる。基礎研究の予算が厳しい米国よりも、日本や欧州の方がこの分野は進んでいるのではないか。


     ◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。毎月1回、東京・品川で開いている。日程や参加申し込みは、セミナーのホームページへ。

    2014年02月07日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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