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    コメで感染症を予防する

    東京大医科学研究所・清野宏所長

    そんなことが出来るの?

    • 東京大医科学研究所・清野宏所長
      東京大医科学研究所・清野宏所長

     健康長寿社会を考えた時、いかに病気にならずに社会に貢献して生きるかが重要になる。数年前、米ニューズウィーク紙の健康長寿社会に向けた特集号で、人が健康に生きるにはワクチンが非常に重要だと書かれていた。感染症をはじめとしてがんやアレルギーのワクチン、生活習慣病のワクチン開発も進んでいる。

     ワクチンとは、毒性を無くしたり弱めたりした病原体を摂取することで、病原体に対する免疫を体内に作って、病気を予防する薬のことだ。では、免疫は体内でどう働いているのか。私たちの体には、呼吸や食事、性行為などを介して、さまざまな病原体や異物が侵入してくる。異物が体内に入ると、免疫システムが、これを認識し排除するため、病気にならずに済んでいる。

     しかし、口から肛門にいたる消化管と呼ばれる粘膜では、有益な異物と共生関係を作っていることもある。たとえば、食べるという行為で、いろんなたんぱく質を摂取するが、アレルギーの人以外は異種のたんぱく質を摂取しても過剰反応は起こさない。これは、有益なものに対して共生関係を作っているためだ。こうした免疫システムは、「粘膜免疫」と呼ばれ、これを利用した新しいワクチン開発が進んでいる。

     消化管は、ものを食べて分解して、吸収する一方で、体を守るのに非常に重要な免疫も担当している。私たちの体を単純化すると、外側は皮膚で覆われ、内側を形成している口から肛門までは粘膜で覆われている筒のようなものだ。臓器は、皮膚と粘膜の間に存在している。では、外側の皮膚と、内側の粘膜では、どちらが広いか。実は、腸は絨毛(じゅうもう)という背丈の高い粘膜で覆われており、これを広げるとテニスコート1・5面分もある。この広大な粘膜面には、数千億から1兆個の免疫細胞が存在している。消化管は、最大の免疫臓器なのだ。

     ワクチンを注射すると、血液中の血清にIgG抗体と呼ばれるたんぱく質ができ、病原体にくっついて毒素を中和するなどして、体を守ってくれる。しかし、粘膜面では、このような免疫システムは働かない。

     では、どうすれば広大な粘膜面で免疫を働かせることができるのか。実は、口からワクチンを飲ませれば、粘膜面で免疫システムが働くことが分かってきた。粘膜から分泌される唾液、腸管分泌液、涙、鼻汁などの中に、病原体の毒素を中和するようなたんぱく質(IgA抗体)ができ、病原体の侵入を阻止できるのだ。

     私たちの体を「家」に例えると、注射型のワクチンは、家の中に警察官を配備したものの、ドアや窓には鍵がかかっていない状況と同じだ。入ってきた病原体を家(体)の中で捕まえて排除することはできるが、侵入を防ぐことはできない。たとえば、インフルエンザのワクチンを打っても微熱が出ることがあるのは、この侵入を阻止できないためだ。

     一方、粘膜面の免疫システムは、注射型と同様に家の中に警官を配備するとともに、玄関や窓にもカギをかけた状態と同じだ。病原体の侵入自体を阻止できる。現在、この仕組みを使った次世代のワクチン開発が進んでいる。

     この粘膜免疫で中心的な働きをするのは、腸管に存在するパイエル板と呼ばれる、リンパ節と同じような働きをする場所(腸管関連リンパ組織)だ。そこには、免疫の司令塔となるT細胞などさまざまな免疫細胞が集まっている。口から飲んだワクチン(異物)が、腸管関連リンパ組織の入り口にあたる免疫細胞の一種(M細胞)から入ると、どんな物が侵入したか情報を処理する係の抗原提示細胞が働き、IgAが作られる過程が動き出す。さらに、行き先を決める郵便番号のようなたんぱく質が付けられ、体のあちこちに運ばれて免疫が働くのだ。

     こうした「口から飲ませるワクチン」ならば、注射器や注射針などの医療廃棄物がでないうえ、発展途上国で注射器の使い回しによる二次感染を引き起こすおそれもない。さらに冷蔵保存も必要ないワクチンを開発する事が重要だ。

     そこで私たちは、長期保存が可能という観点からで、遺伝子改変の研究が進んでいる「お米」に着目し、口から飲ませるワクチンの開発に取り組んでいる。たとえば、コレラ菌の毒素は粘膜の上皮細胞にくっついて、水の代謝を狂わせ下痢症状を引き起こす。世界で毎年10~12万人が死亡している。

     そこで、米を利用して口から摂取するワクチンを作り、飲めば(元原稿は「飲ませれば」)、毒素を中和するIgA抗体が粘膜にあらわれ、下痢を抑えられるのではないかと考えた。コレラ菌が作るコレラ毒素(CT)の構造を詳しく見ると、CTAという部分とCTBという部分とに分かれている。CTAが毒性のある部分。CTBは、穴のあいた輪のような形をしていて、上皮細胞にくっついてその穴から毒性のあるCTAを侵入させる役割をしている。もし、CTBが上皮細胞にくっつくのを防げれば、毒素が運び込まれることもない。

     そこで、このCTBの部分の遺伝子をお米に組み込み、CTBを排除するような「ムコライスCTB」というワクチンを作った。この米の粉を水に溶かしてマウスに飲ませ、ワクチンとしての効果があることを確かめた。また、マウスにコレラ毒素を投与すると重い下痢になるが、ムコライスCTBを与えるとまったく下痢にならないことも分かった。さらにブタやサルでも、腸管や血清中に免疫ができていることが確かめられた。

     現在は、人への臨床試験の準備に入っている。この試みは、以前に先端医療開発特区(ワクチン)に採択され、東大医科学研究所内にワクチン米(ムコライス)を作る薬製造に対応する設備を作り、ワクチン効果のある米を栽培している。

     ワクチンだけでなく、病原体に対抗する抗体そのものを薬にしようという動きもある。抗体は基本的にY字型をしていて、2本鎖で毒性のあるものをつかまえる。一方、ラマの抗体(ナノ抗体)は1本鎖。分子量が小さいため組織に浸透しやすく、熱にも強い。このナノ抗体を米に組み込む試みも始めている。

     重い下痢を引き起こすロタウイルスをラマに接種し、ナノ抗体を作らせ、この遺伝子を米に組み込んだ。次に、生まれたばかりのマウスにナノ抗体が組み込まれた米粉を水に溶かした上澄み(コメ汁)を飲ませ、胃から大腸でナノ抗体が存在しているかを調べたところ、9時間たっても消化されずに存在していることが分かった。

     さらにロタウイルスに感染して下痢になったマウスに、コメ汁を飲ませたところ、7、8割のマウスで下痢が抑えられた。

     医学、農学、工学といった異分野が融合することで、新しい医薬品としてコメ型ワクチン「ムコライス」を米から作ることができた。今後も米を使った飲ませるワクチンの開発という形で、世界に貢献していきたい。

    清野宏(きよの・ひろし)
     東京大学医科学研究所所長、教授(61)。1977年、日本大学松戸歯学部卒。アラバマ大学バーミングハム校メディカルセンターで博士課程修了。同大准教授、教授、大阪大学微生物病研究所教授などを経て、2011年から現職。

     (※図は清野所長提供)

    【質疑応答】

      人にコレラ毒素を投与する実験はしたのか?

      ワクチンの開発と言えど、人に毒素を投与することはありえません。人での効果を確認するために、ムコライスCTBを飲んでいただきませ、便と血清の中にある分泌型IgAやIgG抗体を取り出して、それらの抗体が毒素を中和できるかを試験管内で調べることにしている。確認できれば、実際にコレラが流行している国で効果があるかを臨床試験する。

      遺伝子改変は問題にならないのか?

      遺伝子改変ではあるが、食べものとして売ることは考えていない。屋外ではなく、完全に閉鎖された空間で栽培し、粉末状の薬として製造する。

      汎用性や産業界の反応は?

      旅行者下痢症を引き起こす毒素原性大腸菌が作る毒素とコレラ毒素はよく似ている。このため、毒素原性大腸菌のワクチンとしても使えるのではないかと考えている。現在、ブタでその効果を確認しているところだ。製薬メーカーは、既存の注射型ワクチンで効果があるなかで、ムコライスがよほど魅力的でないと手を出さないと思われる。ただ、今あるワクチンで防ぎきれないものも多いので、ムコライスを段階的に導入することはできるのではないか。

      ブタ以外の家畜にも応用可能か?

      動物ワクチンの場合、飼料の中に入れて投与することになり、人とは違った課題がある。いま検討しているところだ。

      感染症だけでなく、がんなどの病気の予防に使えるか?

      この技術を使って他の病気に応用していくことは可能だと思う。

     

     ◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。毎月1回、東京・品川で開いている。日程や参加申し込みは、セミナーのホームページへ。

    2014年05月15日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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