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    アラブ革命の時代

    東京大東洋文化研究所附属東洋学研究情報センター・長沢栄治副センター長

    • 東京大東洋文化研究所附属東洋学研究情報センター・長沢栄治副センター長
      東京大東洋文化研究所附属東洋学研究情報センター・長沢栄治副センター長

     2011年1月、民衆蜂起によってチュニジアとエジプトの長期独裁政権が相次いで崩壊した。この蜂起の波は、瞬時にアラブ世界に広がった。こうして新しいアラブ革命の時代が始まった。私たち日本人は、革命が起きたアラブ社会をどのように見ればよいのだろうか。

     アラブ変革の動きを外国のメディアや研究者の多くは、「アラブの春」と呼んで民主化プロセスの進行を期待した。しかし、私は「アラブの春」という言葉を使わない。そこで起きたのは、革命だということを強調するためだ。「春」というと、民主化して、自由な議会選挙ができたと思われるだろう。

     たしかにチュニジアやエジプトのように民主的な選挙が復活した国や、アラブに多い王制国家の中でも、革命の波に対抗するために立憲王制の改革の例を示したモロッコのような国もあった。しかし、バーレーンでは周辺国の介入によって運動が弾圧され、イエメンでは同じく国際的な仲介による中途半端な政権交代がなされただけで運動は抑え込まれた。

     内戦状態に陥ったリビアでは国際的な武力介入によって旧体制が崩壊し、その後も無秩序状態から回復していない。シリアでは同じく外国勢力の複雑な介入によって大量の避難民が発生し、多数の犠牲者を出す騒乱が続いている。

     多くの人にとって、春というイメージから、「何か良いことが起きたのだろう」と考えていたのに、「どうもおかしな状況になってきた。春なんて言えないのではないか」と感じているのがここ3年半くらいの状況だろう。

     そもそもこれは革命だから、とんでもないことが起こるものだ。革命というのは、夢ばかりではなく、暴力も伴う恐ろしいもの。歴史を見ても、ギロチンを伴ったり、恐怖政治の体制が生まれたりした。ただ、私は、この革命というのはプロセスであり、いずれ新しい形が生まれてくると考える。局面で見ると、動乱や混迷という状況だが、変化の全体を見なければならない。

    • 写真1
      写真1

     こうした革命が起きたとき、なぜ革命が起きたのかを考えるのも大切だが、革命で何が変わったか、革命で何が明らかになったのかということに注目することが重要だ。革命というのは、その社会や体制が抱えていた問題や矛盾を浮き彫りにする側面がある。これまで隠されていた非常に重要な問題が明らかになり、研究者としてはやりがいがある時代だ。

     では、何が変わったのか。これは、ハーリド・サイード君というアレクサンドリアの青年が逮捕されたネットカフェ(=写真1)だ。彼は、警察と麻薬組織が取引しているところを携帯で撮って、動画で配信した。そのことで警察につかまり、拷問で殺された。そのことがエジプト革命の引き金になったと言われている。通りには消えかかっているが、彼の写真がスプレーで描かれ、その下には「僕らはみんなハーリド・サイードだ」という革命の頃の有名なスローガンが書かれている(=写真2)。

    • 写真2
      写真2
    • 写真3
      写真3

     エジプトではそこで起こった革命でムバラク政権が崩壊し、民主的な選挙でムスリム同胞団の政権が誕生した。しかしその政権も昨年の夏、2度目の革命で崩壊した。

     モロッコでは、憲法を改正して立憲王制にかじを切った。そのモロッコには、アラブ人が征服する前からいるベルベル人という先住民族がいる。こうした先住民族の権利を認めるという改革が行われ、彼らの言語を公用語として認めた。これは公立中学校だが、アラビア語とベルベル人の言語のアメジク語が並んでいる(=写真3)。この地域では驚きの光景だ。

     このように、いろんな変化が起きているのは確かだ。でも、部分的に変わったところは出てくるが、全体を見通すのは難しい。10年くらいたたないとはっきりと見えないと思う。

     では、何が明らかになったのか。革命では、抑圧された人々の不満が噴出する。でも、革命が起きると、むしろその革命を抑え込もうという動きによって、今まで見えなかった構造が明らかになる。エジプトでは2011年の革命でムスリム同胞団の政権が誕生した。このイスラム主義組織は、政権を取りたいと考えていたが、結局、取ってから何をやりたいのかのビジョンもなく、政権運営のための政治的能力が欠如していたことが明らかになった。ただ、ムスリム同胞団も、真面目に行政改革に取り組もうとしたが、官僚や軍などの旧勢力の返り討ちにあったという面もある。

     さらに注目したいのは、アラブという地域は、国が個別で動いているのではなく、一つの固まりになって動いているということが分かったということだ。革命がどんどんと連鎖した。一方で、そういう革命の波及に対して、周辺の国がいろいろな手で介入した。軍事的な介入、財政的な支援、内政への干渉など。アラブ連合というのは名目的な組織に過ぎないという見方もあったが、実際には互いに連携し合い、連動して動いていた。

     特に、シリアの内戦が起きた頃から明らかになったのは、こうした革命をめぐる対立に、宗派対立を利用する動きが連動していることだ。ペルシャ湾の大国、シーア派のイランと、スンニ派のサウジアラビアの対立だ。シリアでも、イランがアサド派に回って支援し、サウジアラビアは反体制派に影響している。

     さらに、こうしたシリアの騒乱状態の深刻化に伴い勢力を拡大した「イラク・シリアのイスラム国(ISIS)」という過激派組織が、既存の国境線を書き変えようとする動きを見せたことは、世界を驚かせた。今から90年前、第一次世界大戦後に作られた領域国家の枠組みを全面否定しようというのである。このような事態に直面して、現在あるアラブの国民国家が宗派別・民族別に分解していくのではないかという危惧の声も上がっている。

     革命という言葉に、普遍的な概念はない。むしろ地域ごとに個性がある。アラブには今回を含め、三つの革命の時代がある。

     第一次世界大戦期に起きた「アラブの反乱」は、第1のアラブ革命の時代を代表する運動だった。しかし、当時のその他のアラブ各地域の反乱は、英仏の植民地体制の確立を通じて、領域国家の基礎を固める結果をもたらした。

     その後、今から約60年前のエジプト革命(1952年)を引き金として、第2のアラブ革命の時代が始まった。第2のアラブ革命は、第二次世界大戦後の民族解放の潮流に乗って、アラブ世界の統一を旗印に掲げたが、第三次中東戦争(67年)の敗北によって挫折する。しかし、この第2のアラブ革命の時代を今から振り返ってみると、各国で起きた革命や体制改革は、それぞれの国民国家としての成熟を目指す試みであったと見なすことができる。

     現在、進行中のアラブ革命は、この第2のアラブ革命の結果として出来上がった体制がその後、閉塞状況に陥った状況に対し、その変革を求めた動きだと考えることができる。国際的、地域的な介入と反動の動きが強まる中で、革命の先行きは不透明だが、この地域で国民国家の体制が成熟していくためのプロセスだと考えるべきだと思う。今はどうしようもない状況が続いているので、危機的な状況は客観的に、冷静に分析する必要がある。しかし、革命の動きから3年半を迎え、一段落というか安定期にさしかかっているというのが現状認識だ。新しい世界を作ろうという動きに期待し、中長期的には楽観的にこの動きを見守りたい。

    長沢栄治(ながさわ・えいじ)
     1976年東京大学経済学部卒業。アジア経済研究所副主任調査研究員、東大東洋文化研究所助教授、日本学術振興会カイロ研究連絡センター長、日本中東学会会長などを歴任。98年同研究所教授。2013年から現職。

     (※写真は長沢教授提供)

    【質疑応答】

      国民国家というのは欧米の概念なので、アラブの世界に当てはめることに疑問の声がある。

      まず、現在の世界のほとんどの国が、建前としては、国民としての権利を有する国民国家だ。これはアラブの国でも同様だ。中東では、イスラム教の影響が強いとか、部族の力が強いからうまくいかないという声もあるが、そのように世論を操作しているのは、欧米のメディアだ。イラクなどで国民国家を作ろうとするプロセスがうまくいかなかったのは、イスラムのせいではなく複雑な時代背景が原因だ。

      エジプトでは、軍というのは功罪相半ばする存在で、政治に隠然とした影響をもっている。でも日本では、こうした軍事と経済の関係を探る研究が進んでいないのではないか。

      日本では軍事や軍隊に関する研究が弱いのは確かだ。ただ、こうした研究はインテリジェンスの研究に近くなるので、普通の研究者が手を出せないというのも実情だ。

     ◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。毎月1回、東京・品川で開いている。日程や参加申し込みは、セミナーのホームページへ。

    2014年10月02日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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