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    第1次世界大戦と音楽史

    クラシックの世紀からポピュラーの世紀へ

    岡田暁生・京都大学人文科学研究所教授

    • 岡田暁生・京都大学人文科学研究所教授
      岡田暁生・京都大学人文科学研究所教授

     西洋音楽の歴史と戦争を研究している。

     第1次世界大戦は、20世紀の行方を決定づけ、人間の感性や物の考え方を根底から変えた。音楽も、この大戦から根底的に変わった。

     この戦争が総力戦となって、利用できるものは全部投入されるようになると、それまでほとんど利用されることのなかった音楽も投入された。音楽は、幸か不幸か、人と人の絆を生み出す。つまり、人々を一致団結させる。だから私は絆という言葉があまり好きではない。絵や小説にこんな力はない。音楽を1万人、10万人、100万人に同時に聞かせることは、放送メディアを使えば可能になる。音楽が政治利用され始めるのは、第1次世界大戦以降と考えている。

     ヨーロッパとアメリカ、クラシックとポピュラー、19世紀と20世紀。この間にはだいたい第1次世界大戦が入っている。クラシック音楽とは何かと聞かれると、最近は第1次世界大戦前までのブルジョアの音楽と答える。マンモスや恐竜みたいな、総身に知恵が回らない大きすぎる音楽だ。

     19世紀は帝国主義の影響でヨーロッパの文化が世界を席巻したが、音楽においてもそうだった。シンフォニーとかオペラとか、私たちが馴染んでいる音楽は、第1次世界大戦が終わると急激に数が減っていく。ヨーロッパクラシック音楽の全盛期は、ヨーロッパブルジョア、帝国主義の時代の全盛時代と正確に合致する。バッハは18世紀前半、モーツァルトは18世紀末だが、ヨーロッパがワールドパワーになり始める極めて初期の時期にあたる。

     ブルジョアは、帝国主義の恩恵を受けた金持ちだ。19世紀は、貴族はブルジョアより金がなかった。貴族は精神的なものに価値を置いていた。重要なポイントは、ブルジョアは非常に強い貴族コンプレックスがあった。つまり、金で買えるものは全て買い尽くしたが、まだ手に入らないものがあった。家柄もそうだが、精神的価値、はっきり言えば教養だ。クラシック音楽が、ある種独特の敷居の高さをもっているのは、当然といえば当然だ。

     20世紀までクラシックだったものは、20世紀に入って一般大衆に分からないアバンギャルド音楽(前衛音楽)、いわゆる現代音楽になったと思ってよい。世界の音楽のメインストリートを作り上げたのは、アメリカのポピュラー音楽で、大衆音楽だ。白人の移民が持ち込んだ音楽に、シンコペーションやドラムの要素が入った音楽で、自由の国、若い国アメリカのシンボルとなった。それから、ダンスミュージックがほとんどで、1930年代のスイングジャズの時代から、20世紀末のマイケル・ジャクソンまで脈々と受け継がれる。ジャズという言葉が正式に誕生したのが、1917年。アメリカが参戦し、ロシア革命が起きた年で、不思議な符合をしている。

     こういう言い方は、エリート主義ととられるかもしれない。だが、過去の人類の偉大な文化のほぼ全ては、宗教と貴族によって育成されたと思う。中国、インド、古代エジプト、古代ギリシャ、メソポタミア、そして日本、ほとんど例外なしに宗教と貴族階級と密接に関わってきた。アメリカには、ネイティブを除けば、有史以来、貴族階級が存在しないまれな国だ。自前の貴族文化をもっておらず、20世紀の大衆文化を見る上で、見逃してはいけない。

     しばしば歴史というのは、何の必然もないが、たまたま同時に起きたことが方向付けることがよくある。蓄音機の普及、それからラジオ放送の開始だ。1920年代に世界各地で数年の誤差で始まり、爆発的に普及する。当時の技術では、クラシックの大規模な音楽を再生することは絶対にできない。蓄音機が出た時点で、マイノリティーに転落する運命にあったかもしれない。

     アメリカ発のポピュラー音楽というのは、ラジオや蓄音機に吹き込むために作られている。歌手の歌い方を比べると一目瞭然だ。オペラ歌手の歌い方は、マイクのないホールで一番後ろまで聞こえるようにするため、非常に特殊な発声をしている。蓄音機なら奇っ怪な音声しか入らず、普通に歌ったほうが音楽的に聞こえる。

     2回に渡ってヨーロッパで戦争が起きたことで、優秀な音楽家がこぞってアメリカに逃げた。そのまま残っていれば、交響曲やオペラの名作を作っていたに違いない人が、ブロードウェーで音楽を書いたり、ハリウッドで映画音楽家になったりしている。一例がマックス・スタイナーで、風と共に去りぬ、などの名作を残した。

     後半は絆の話をする。現代社会において、音楽が絆という美名のもと、非常に集団的な、全体主義的なものに無意識のうちに使われる。この傾向は19世紀から少しずつ起こってきた。音楽と並ぶのがスポーツだ。

     クラシック音楽は、楽器だけで演奏する「器楽音楽」が圧倒的に多い。器楽中心ということは、非政治的と理解してもいい。声のある音楽にメッセージ性があるとすれば、そのメッセージ性は「お国のため」「我々は何々人です」というふうに使われる。クラシック音楽は極めて非政治的で、少なくとも非政治的たらんとした音楽だ。ブラームスを聴いて、彼が反ユダヤ主義だとは誰も分からない。19世紀のブルジョアの政治姿勢そのものを投影していた。音楽の中に世俗、つまり政治と経済を持ち込まない。世俗の憂さを忘れ、もっと高い精神的境地に遊びたいという願望があった。

     第1次世界大戦は総力戦、持久戦となり、音楽にも「役に立て」という圧力がかかってきた。社会が全面的な危機に立たされているときに、直接役に立たない人間は非常に肩身が狭い。ウィーンで当時の新聞記事を読んでいると、人々の勇気を駆り立てる力は、ベートーベンの協奏曲よりも、勇壮なファンファーレのほうが遥かにあることが分かった、という記事があった。音楽評論をやっているのはブルジョアだ。大衆社会の出現を前にどういうたじろぎ方をし、どういうことにぼう然自失としたかを知る上で大変興味深い。

     将来有望な若者が戦争で次々死ぬ中、どう口実を作るかが、音楽家にとって大問題になった。そこで作られたのが、今と同じ「絆」だ。具体的には慈善コンサートで、100年前も今と変わらない。新聞記事を見ると、来る日も来る日も慈善演奏会がある。昨日まで「アリアの夕べ」などをやっていた人たちが、それさえ付けておけば大丈夫かというふうに「慈善」をつけていた。異様な光景で、「慈善」をつけなければ何を言われるか分からない空気だったと思う。

     ウィーンフィルの演奏会は超ブルジョアのサロンだったが、戦争が始まると慈善コンサートを始める。1曲ぐらいはクラシックのメインプログラムが入っているが、残りは大衆受けのするマーチや民謡で、ポップスコンサートばかりとなる。第1次世界大戦の前は、ヨハン・シュトラウスのワルツはほとんど演奏しなかったが、戦後は看板になった。

    岡田暁生(おかだ・あけお)
     1982年大阪大学文学部卒業、88年大阪大学文学部博士課程単位取得退学。ドイツのミュンヘン大学とフライブルク大学で音楽学を学ぶ。大阪大学文学部助手、神戸大学発達科学部助教授を経て、2003年から現職。文学博士。

    【質疑応答】

      これから危惧することは?

      音楽とスポーツに対して、非常に大きな危惧を持つ。みんなで声を合わせて合唱するとか、スポーツ祭典に熱中するのは大変危険である。平和な世界を作りたいのであれば、スポーツスペクタクルや音楽スペクタルに熱狂し、感動物語に仕立てることはやめたほうがいい。実現するはずがない、という前提で言いますが。

     ◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。毎月1回、東京・品川で開いている。日程や参加申し込みは、セミナーのホームページへ。

    2014年12月05日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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