文字サイズ

    触媒とは何か?

    人類の持続的発展を陰で支えるキーテクノロジー

    北海道大学触媒化学研究センター・朝倉清高センター長

    • 北海道大学触媒化学研究センター・朝倉清高センター長
      北海道大学触媒化学研究センター・朝倉清高センター長

     触媒は、皆さんの目にとまることは少ないが、色々なところで使われている。今後、人類が持続的に発展していく上で、一番重要な技術だと信じて研究をしている。

     1970年に起きた東京都での光化学スモッグは、自動車の排ガスから発生する窒素酸化物(NOx)が光を浴びて猛毒になるために起きた。当初、国内での被害届出人数は年間5万人近くいたが、数年後には10分の1になった。車の排ガス中の窒素酸化物を分解する触媒を、自動車に積載するようになったことが大きな要因である。

     この触媒は三元触媒と呼ばれ、白金、ロジウム、パラジウムという物質を使う。白金は高価なので、できる限り少量で触媒反応を起こすことができるよう研究が進められた結果、現在のように安い低公害車が生まれた。

     では触媒とは、一体何か。

     英語ではカタリシス(Catalysis)という。

     最初に使ったのは19世紀、スウェーデンのベルセリウス(Berzelius)先生で、触媒を「化学物質の変化を引き起こす力を有するが、それ自身は反応の前後で変化しないもの」と定義した。またオストワルド(Ostwald)先生は「触媒は化学反応の速度を加速するが、化学平衡を変えることはできない」とした。

     水素と酸素の反応では水の分子ができるが、水素と酸素をただ混ぜても実際には水はできない。火を近づけると爆発的に反応が進み、水を生じる。一方、白金をほんの少し加えても反応は起きる。この時に白金自体は変わらない。白金は触媒として働いている。

     バーナーで白金の金網を熱すると赤くなり、バーナーの火を消してガスだけを送り続けても、白金自体が輝き続ける。これはガスの成分であるメタンと空気中の酸素が白金の上で反応し、水と二酸化炭素になるためである。その際、反応熱が出るので白金が輝く。しかし、炎は出ていない。

     炎を出さずに明るい光を放つデイビーランプや寒い冬に欠かせなかった白金カイロは、この原理を使っている。

     白金の表面には結合をつくる手がたくさんあり、酸素分子が白金と結合すると1つずつの原子に分かれ、表面に結合する。メタンも水素と炭素の原子に分かれる。分かれた酸素原子と水素原子は白金表面で結合して水になり、酸素原子と炭素原子が結合して二酸化炭素ができて、白金の表面から飛び出す。

     触媒は、化学反応のスピードを速める。化学反応を起こすには、結合を切断するために大きなエネルギー(活性化エネルギー)が必要だが、触媒はこの活性化エネルギーを低くする働きをもつ。

     触媒のもう一つの機能が、欲しい化合物だけを作り出す選択性である。さらに寿命が長いことも触媒に求められる。現在、いかに低コスト・低エネルギーで、ほしいものを必要なだけ作るかという観点で様々な研究が行われている。

     身の回りに、どんな触媒があるか、例を挙げてみる。

     一番重要なのが、原油を使いやすい形にする際に働く触媒だ。原油の成分は、ほとんどが炭化水素で、ガソリンや飛行機の燃料は、炭化水素の長さを短くして、揮発性をあげたものである。この長い炭素の鎖をきる触媒をクラッキング触媒という。

     クラッキング触媒には,ゼオライトという微細な穴がたくさん開いたものが使われる。このゼオライトは硫酸と同じくらい酸性だが固体なので、安全な物質であり、石油がこの穴を通る間に炭素と炭素の結合が次々に切れ、小さい炭化水素分子ができる。

     プラスチック製品を作る際にも触媒が使われている。プラスチックは、高分子である。エチレンやプロピレンなど小さくした炭化水素を今度は重合してポリエチレンやポリプロピレンなどの高分子にする。

     高分子製造に使われる触媒が1950~60年に開発されたチーグラー・ナッタ触媒だ。今では、分子量をコントロールして製造することができるまで高度化している。

     ほかに日本のお家芸として有名なのは光触媒だ。東京大学の本多健一先生と藤嶋昭先生が、酸化チタン(TiO2)を使い、世界で初めて光を使って水を分解する触媒をみつけた。光触媒は水の他にも色々なものを分解する。

     例えば、光触媒の酸化チタンをテントに塗ると光が当たって、汚れの原因である有機物を分解し、きれいに保つことができ、すでに商品化されている。

     植物などに見られる、光を浴びてエネルギーを作り出す光合成でも、クロロフィルが光を吸収し、そのエネルギーを使って反応が起きる。

     最近話題の燃料電池にも触媒が使われている。水素と酸素を使って電気を起こすのが燃料電池で、水素と酸素を燃やさずに、電気を取り出している。この反応を効率よく進めるために使われている触媒が白金だ。白金は貴金属で1グラムあたり4000円と高価なだけに、いかに白金の量を減らすかが最大の課題だ。

     燃料電池の実用化には、いかに白金の量を減らし、長期間使えるようにするかが課題となっている。

     溶液に溶ける均一触媒の研究も、日本は世界でトップレベルである。ノーベル化学賞では、2001年には野依良治先生、2010年には根岸英一先生と鈴木章先生の、計3人が受賞している。

     野依先生は、同じ組成でも右手と左手のように、鏡に映したように立体構造の違う化合物を、作り分ける特殊な触媒を作ることに成功した。右手と左手のような構造の違う化合物は光学異性体と呼ばれ、体の中にはなぜか、片方のタイプのアミノ酸しか存在しないため、右手と左手の化合物を体に使うと、同じ組成でも毒になったり、薬になったりする。

     根岸先生と鈴木先生のほか多くの日本の先生が クロスカップリング反応触媒を開発し、有機化合物を効率的に作る研究を行ってきた。この技術は、液晶テレビや薬の製造現場で使われ、2010年のノーベル賞につながった。

     どのように触媒反応が起きているかは、様々な顕微鏡などを使って研究されている。一例として特殊な顕微鏡である光電子顕微鏡で触媒の表面を見てみると、反応が起きている最中はダイナミックに触媒の構造が変わっていることが分かる。電子顕微鏡では原子を見分けるようになってきている。

     また大型の加速器から出てくる放射光という光は、物質構造を解き明かすことができ、反応がどのように起きているかを知ることができる。

     最後に、もう一つ、覚えていていただきたいことは、金ナノ粒子の触媒作用を世界で初めて見つけた春田正毅先生だ。金は触媒作用がないとされていたが、ナノ粒子化すると触媒作用が生まれることを見つけた。ただ、なぜ小さくなると触媒作用が生まれるのか、詳しいことは分かっていないので、世界中で研究が行われている。

    朝倉清高(あさくら・きよたか)
     1981年東京大学理学部化学科卒業、83年同大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程修了。京都大学理学部講師、東京大学理学部助教授を経て、99年北海道大学触媒化学研究センター教授、2014年から同大学触媒化学研究センター長。理学博士。

    【質疑応答】

      光触媒を使って水を分解し水素と酸素を作る技術の実用化のめどは?

      効率はまだ低く、現段階ではまだ光合成に勝てない。これからの技術開発にかかっている。

      触媒の設計は理論的にできるようになったのか?

      20年くらい前と違って、最近はかなり理論的に設計できるようになった。

     ◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。毎月1回、東京・品川で開いている。日程や参加申し込みは、セミナーのホームページへ。

    2015年01月20日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    おすすめ
    PR
    今週のPICK UP
    PR
    今週のPICK UP