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    必須化学資源の低環境負荷生産

    東京工業大学応用セラミックス研究所教授 原亨和

     サイエンスとテクノロジーの目的は、大きく三つに分かれる。一つは、真理を知るため。二つ目はよりよい生活のため。最後は、生き残るため。

     私はこの最後の目的のために研究している。生き残るために-番簡単なのは、無限のクリーンエネルギーを手に入れることだ。私個人は、核融合が成功するなら最も素晴らしいと思う。だが、なかなか難しいのが現状だ。できるだけ化石資源の使用を減らすことが必要だ。

     私の仕事は新しい触媒を作って、より少ないエネルギーで化学資源を生産することだ。良い触媒を生み出せば不可能も可能になる。触媒は、化学反応の速度を早めて、進まなかった反応を可能にする。

     水素と酸素は2対1の割合で水になる。水素と酸素の混ざった気体に着火すると、爆発し、水になる。だが、缶につめておくだけでは水にならない。缶を100度、200度に温めても変わらない。ところが、金属の銅と酸素で酸化銅にする反応は、100度ぐらいで起きる。酸化銅を水素で還元して水を作る反応も、100度から200度でできる。この場合、銅は触媒として働いたといえる。水素と酸素から水を作るには、火花に相当するエネルギーを与えてやる必要がある。これを活性化エネルギーというが、このエネルギーの山は高い。だが、銅を使う方法は、乗り越えるのが簡単な山を2つあわせることで反応を進めている。これが触媒の基本的な考え方だ。良い触媒を生み出せば、不可能も可能になる。

     アンモニアの生産の話をしたい。中高生にアンモニアの研究の話をすると、眉をひそめられる。アンモニアは良いイメージがない代表格だが、年間2億トンもの量が作られている。ポリエチレンが7000万トン、ポリエステルで2000万トンが1年間で生産されており、アンモニアの生産量は桁違いだ。アンモニアは窒素肥料の生産に使われるからだ。

     20世紀初頭、「ハーバー・ボッシュ法」と呼ばれる化学反応が考案され、アンモニアの大量生産が可能になった。アンモニアの大量生産で、窒素肥料の生産も増えた。窒素肥料は余剰食糧を生み、世界の人口は15億人から70億人に増えた。20世紀以降の社会や科学技術の発達の背景には、アンモニアの大量生産がある。アンモニアの大量生産がなければ、生活の大半を食糧獲得に費やさなければならず、今の私たちの大半は存在していないだろう。

     アンモニアは極めてひねくれた反応をする。反応速度は普通、温度を高くすれば高くなるが、アンモニアは温度を高くすると逆に戻ってしまう。1000度ぐらいで全くできなくなってしまう。可能な限り低い温度で効率的に窒素と水素を反応させる必要がある。

     ところが厄介なのは、窒素が非常に安定していることだ。窒素分子の窒素原子は、互いに強い力でつながっている。アンモニアの生産には、まず窒素原子を引き離す必要があるが、それを初めて実現したのがハーバー・ボッシュ法だ。

     ハーバー・ボッシュ法は、鉄を主体とする触媒で、窒素分子を窒素原子に分解し、水素原子と反応させる。しかし、反応を進めるには400~600度、200~1000気圧という高温・高圧の状態にする必要がある。この化学反応で消費されるエネルギーの大きさは、人類が消費するエネルギー全体の2%にもなる。アンモニアの合成に、初期投資のエネルギーが膨大になる。分厚い鉄管、大きいプラントが必要だ。人口が増加の一途をたどり、エネルギー消費が加速することを考えると、少ないエネルギーでより多くのアンモニアを生産することが急務だ。

     こうした問題を解決しようと、東京工業大応用セラミックス研究所では、少ないエネルギーでアンモニアを合成できる新たな触媒の開発に成功した。この触媒はセメントの-種「エレクトライド」だ。材料科学と化学という異分野の研究グループが協力して得られた成果だ。電子を取り込んだセメントというべきこの触媒は、ハーバー・ボッシュ法より低温・低圧の300度、1気圧でも10倍以上の速さで反応が進む。エネルギーの消費量は10分の1ほどで済む。

     エレクトライドは、アンモニアや水素、窒素と反応しない化学的に安定した材料だ。これに希少金属「ルテニウム」のナノ粒子を固定することで、従来のルテニウムを使った触媒より、高性能なアンモニア合成の触媒ができた。

     圧力に依存して触媒の効果が向上することもわかった。アンモニアは、液体で回収する方が工業的に都合がよい。アンモニアが液体になる10気圧くらいの条件で、触媒が効率よく働くことは、実用的な観点からも意義があった。

     研究の成果から、多大なエネルギーを消費するアンモニア合成の大幅な省エネルギー化が期待できる。従来のルテニウム触媒より大幅に性能が向上できることから、希少金属のルテニウムの使用量を減らすこともできる。

     実用化のためにエレクトライドの単位当たりの表面積を大きくして、触媒の効果を向上させることや、化学反応の詳細な解明が必要だ。

    原亨和(はら・みちかず)
     1987年東京理科大学理学部卒業。92年東京工業大学総合理工学研究科博士課程修了。東芝研究開発センター、米国ペンシルベニア州立大学博士研究員などを経て、2006年から現職。

    【質疑応答】

      1OO年も前から変わらない化学反応に果敢に挑戦したきっかけや目標は?

      この研究の最終目標は工業化だが、アンモニアの最大の問題は港から離れた場所でしか使えないこと。アンモニアを合成するプラントには天然ガスが不可欠。天然ガスは大概、海上で出る。アンモニアを積んだ船は港に着くが、アンモニアを必要としている耕作地は港から離れている。アンモニアの値段の約7割は輸送費と保険費だ。港湾にアンモニアを置けばいいという意見もあるが、高温・高圧なので爆発の危険もあって、街中に置けない。低温・低圧ならばこれらの要望に応えることができる。

      エネルギー消費が10分の1と説明があったが、アンモニアの生産コストも下がるのか?

      生産するプラントで最もエネルギーを使っているのは、圧力を上げるためのコンプレッサーの電気。低圧で反応するので、コンプレッサーに使うエネルギーが減る。

      バクテリアもアンモニアを作りだしている。触媒を使うこととの違いは?

      シアノバクテリアを使ってアンモニアを生産する研究も行っているが、触媒と比較してアンモニアの生産速度は1500万分の1ほどだ。植物は自分の生命のためにアンモニアを作りだしている。触媒を使った反応はけた違いに早い。

      エレクトライドの触媒としての安定性は?

      少なくとも3000時間ほどやってみて物質的な変化はない。ハーバー・ボッシュ法で使う触媒と劣化率は変わらない。

     ◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。毎月1回、東京・品川で開いている。日程や参加申し込みは、セミナーのホームページへ。

    2015年03月16日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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