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    生体組織・細胞・分子と力

    安達泰治 京都大学再生医科学研究所 教授

    • 京都大学再生医科学研究所・安達泰治教授
      京都大学再生医科学研究所・安達泰治教授
    • 図1
      図1
    • 図2
      図2

     私たちの体は常に重力など外部の力の影響を受けている。普段は気にしていないが、長期間宇宙に滞在した宇宙飛行士が地球に戻ってくると、重力を感じ、立ち上がれなくなる。実は、体全体だけでなく、組織レベルや細胞レベル、分子レベルでも力を受けており、力に対して生物らしい反応をしている(=図1)。こうした研究を行うのが「バイオメカニクス」だ。

     最初に骨の話をしたい。太ももにある大腿骨(だいたいこつ)は、力を支える構造を持っている。力を支えるという意味では橋やビルもそうだが、違う点もある。力を受けると、骨の構造が変化し、力により良く耐えられるようになる点だ。

     骨の内部は「海綿骨」という網目状の構造(=図2)がある。年をとると骨密度が減少し、骨がすかすかになる。個人差が大きいが、若い人の平均値の7割以下になると骨粗しょう症と診断される。骨粗しょう症の人の骨はすかすかで、思わぬ力で簡単に折れてしまう。

     また、足や腕を骨折するとギプスで固定する。何週間かたつと、筋肉だけでなく骨も細くなる。逆にプロのテニスプレーヤーは、利き腕の骨が明らかに太くなっている。つまり、力がかかると骨はどんどん太くなり、力がかからなくなると骨は細くなる。

     骨は力を感じ、常に再構築(リモデリング)している。小さな傷が入っても、治す仕組みがある。ビルは地震で揺れると小さな損傷が入るが、直ることはない。何十年かたつとどんどん損傷が大きくなって使えなくなる。

     骨の海綿骨をよく見ると、力がかかる方向とそれに直角に交わる方向にアーチのような構造をしている。約130年前、ドイツの外科医ウォルフがこのパターンを見いだした。ウォルフは、「力に対して骨は形を変える」と提唱した。「ウォルフの法則」と呼ばれている。

     現在では、破骨細胞が骨を吸収し、骨芽細胞が骨を形成することで、常に骨は作り替えられていることがわかっている。だが、なぜ小さな細胞は、骨全体にかかる力を受け止める骨の構造をうまい具合に作れるのか。

     地震でビルが揺れても、ビルの中にいる我々は、ビルのどの部分にどのような力がかかっているか知ることはできない。私たちは、各細胞が力の分布を自分のいる場所で感知し、かかっている力ができるだけ一様になるように、その場の骨を作り替えているのではという仮説を立てた。

    • 図3
      図3
    • 図4
      図4

     つまり、力を強く受けている場所では骨を形成し、逆に周りに比べてあまり力を受けていなければ骨を吸収するという単純なルールだ。このルールに基づき、コンピューターで模擬計算したところ、確かに骨の形が力を支える方向に変化することを示すことができた(=図3)。

     ではどうやって細胞は力を感知しているのか。カギになるのが、骨の内部にいる「骨細胞」(=図4)だ。骨細胞は細い腕のように突起を伸ばしており、腕の部分にあるセンサーで骨が変形したかどうかを感じている。近くの骨細胞とは突起同士でつながっており、ある骨細胞のセンサーが感知すると、周囲にもその情報が伝達される。

     骨細胞の働きもコンピューターで模擬計算してみた。骨にかかる力によって、骨芽細胞と破骨細胞の働きを変化させると、確かに海綿骨のパターンが形成されることが再現できた。

     次に、細胞の運動にも力が関わっていることを紹介したい。

     熱帯魚のウロコを1枚ガラスに置くと、細胞が出てくる。細胞同士を分離する酵素を使うと、細胞が扇形になって動き出す。面白いことに、細胞核を抜いて、細胞内で新しい部品が作られないようにしても、部品がリサイクルされて動くことができる。

    • 図5
      図5

     細胞が動くのは、細胞内でアクチンというたんぱく質が細胞骨格を作り、移動方向へ伸びて力を出しているからだ(=図5)。アクチンはひものように連なり、フィラメントという2重らせん構造をとる。アクチンフィラメントが伸びると、細胞膜を内部から押し出し、細胞を移動させる。力がかからない不要なアクチンフィラメントは、はさみの役割を持つたんぱく質によって切られ、リサイクルされる。

     なぜ、必要のなくなった場所でアクチンがうまい具合に切られるのかが謎だった。そこで、私たちは、アクチンフィラメントの分子レベルの模擬計算を行った。アクチンが結合したアクチンフィラメントをコンピューター上で模擬的に作り、どのように動くかを見た。

     その結果、引っ張る力がかかっているときは、アクチンフィラメントの2重らせん構造がほどける方向に動き、はさみ役のたんぱく質が結合しにくくなった。逆にゆるむと、はさみ役がひもを切りやすくなる。

     この結果は、力によってたんぱく質の働きがコントロールされていることを示しており、非常に興味深い結果だ。

     最後に細胞の変化(分化)と、力との関係を見よう。

     幹細胞の一種である間葉系幹細胞は、通常、実験室では生化学物質を培養液に加えて、神経や筋肉、骨の細胞に変化させる。しかし、培養皿の床の部分を柔らかくするだけで神経細胞に変化することが知られている。少しかたい床では筋肉に、とてもかたい床では骨になる。

     つまり、細胞は床のかたさという力の環境を感じ、細胞の変化の方向性を決めている可能性がある。

     また、細胞の進行方向に溝を用意すると、溝の底まで下りた後、再び溝を上り、前に進み続ける細胞がある一方、溝の前で止まり引き返す細胞もある。細胞の種類によって、床の状態を感知した後に起こす行動が異なっている。この性質を使えば、がん細胞と普通の細胞をより分けられるかもしれない。

     力というのは体のレベルでも細胞や分子のレベルでも重要だ。生物の様々な働きは、力学だけでも理解できないし、生物学だけでも理解できない。機械工学・物理学出身の人と生物学出身の人が、共同で研究することで、様々なことが分かってくるだろう。

    安達泰治(あだち・たいじ)
     1990年神戸大学工学部卒。大阪大学大学院基礎工学研究科で修士課程修了。米ミシガン大学医学部特別研究員、神戸大学助教授などを経て、2010年から現職。

     (※図は安達教授提供)

    【質疑応答】

      骨の形成で、力がかかる時間はどのくらい。

      細胞が骨の変形を感知するのは秒単位。その後、実際に骨は数週間かけて作られていく。

      私はO脚だが、意識せずに20年、30年かけて膝がおかしくなったということか。

      斜めの力が骨に加わることで骨の形が変わってしまう。骨の再構築(リモデリング)が悪く作用した結果ではないだろうか。

      骨細胞の情報伝達の仕組みが分かれば、骨粗しょう症の薬の開発にもつながるのか。

      破骨細胞を作る分子を抑える薬が開発されている。その他にも、様々な薬が研究されている。

      宇宙飛行士は半年の宇宙滞在で立てなくなる。火星への往復は2年以上かかり、地球に戻ってきたときに順応できなくなる恐れもあるか。

      火星に旅行して地球に帰ってくるのなら、運動しておく必要はあるだろう。火星に一生居続けるのなら、その必要はなくなるかもしれない。

     ◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。毎月1回、東京・品川で開いている。日程や参加申し込みは、セミナーのホームページへ。

    2015年05月14日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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