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    「微生物を認識する仕組みと生体防御」

    北海道大遺伝子病制御研究所 高岡晃教教授

    • 図1
      図1
    • 図2
      図2
    • 図3
      図3
    • 図4
      図4

     感染症はウイルスや細菌などの病原体によって引き起こされるが、体の中の免疫という仕組みが働き、病原体と戦ってくれる。免疫には例えば、リンパ球のB細胞やT細胞がある。B細胞は、病原体に向かってたんぱく質の一種「抗体」を発射して攻撃する「ミサイル戦法」で、T細胞は、感染した細胞を直接攻撃する「体当たり戦法」で病原体と戦っている。

     免疫の四つの不思議について紹介する。一つ目は、「免疫はなぜ、自分の体をつくっている細胞は攻撃せず、自分以外の病原体を攻撃するのか」(図1)。T細胞はまず、骨髄で作られ、その後、「胸腺(きょうせん)」という臓器に移動し、ここで自己と非自己を区別し、非自己のみ攻撃するよう特訓を受ける。この特訓は厳しく、胸腺を大学に例えると、入学するのは簡単だが、卒業できるのはおよそ3%しかない。

     二つ目は、「免疫はどうして莫大(ばくだい)な種類の病原体を攻撃できるのか」(図2)。たくさんの種類の細菌などに対抗するため、たくさんの種類の抗体が作られるが、これは帽子や洋服を自由に着せ替えられる「リカちゃん人形」と似たような仕組みで作られている。例えば抗体の遺伝子には二つから三つの領域があり、それぞれに複数の選択肢がある。これらの複数の選択肢を組み合わせることで多様な抗体のレパートリーができあがることになる。

     三つ目は、「免疫には記憶能力がある」ことだ。天然痘はかつて、死亡率30%以上の感染症だった。しかし、牛の乳搾りをする人は天然痘にかかりにくいことに気付いた英国の医学者エドワード・ジェンナーが、「牛痘」という病気にかかった牛の(うみ)を人に植え付けたところ、天然痘を予防できることがわかった。牛痘と天然痘のウイルスは似ていることから、牛痘の感染によってできた抗体が、天然痘のウイルスを攻撃して排除するためだ(図3)。これがワクチンの走りとなり、天然痘は1980年に撲滅された。

     四つ目は、「免疫にも『泣き所』がある」ことだ。免疫には記憶能力があるのに、インフルエンザやかぜは一度かかっても、再びかかってしまう。その理由の一つは、免疫がウイルスを記憶しても、ウイルスの遺伝子が変異して、自分の形を変えてしまうためだ(図4)。ちなみに、インフルエンザ治療薬のタミフルやリレンザは、ウイルスの増殖を直接阻止するものではなく、細胞内で増えたウイルスが細胞から外に出られなくするため、効果がある。

     最近の研究により、病原体の侵入を最前線で感知し、免疫を活性化するスイッチをONにするしくみが明らかになってきた。

     免疫細胞はもとより、ほとんど全ての細胞には、ウイルスを感知するセンサー分子が備わっている。例えば、インフルエンザウイルスなどが細胞内に侵入すると、センサー分子がウイルスの設計図である「核酸」を認識する。これにより、感染初期に働く自然免疫のスイッチがオンになる。自然免疫のしくみを解明したボイトラー博士、ホフマン博士、スタインマン博士の3人は、2011年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。

     「B型肝炎ウイルス(HBV)」についても、免疫がウイルスを認識する仕組みが分かってきた。B型肝炎は現在、世界全体で約4億人、国内で100万人を超える人が持続的に感染しており、肝硬変やがんに発展する危険性もあるため、大きな問題になっている。

     最近の研究で、肝細胞内のたんぱく質「RIG―I」がHBVを認識するセンサー分子の役割をしていることがわかった。RIG―Iは、細胞内に侵入した別のウイルスを認識するセンサーとして知られていたが、HBV感染時に作られる特定の核酸も認識していた。さらに、RIG―Iには、直接ウイルスの増殖を抑え、感染を防御する働きがあることもわかった。

     この結果に基づき、HBVの治療に向けた基礎実験を行った。ヒトの肝臓を移植した免疫不全マウスを用いた実験では、HBVの複製が抑制される結果が得られた。現在、B型肝炎の治療薬の創薬に向け、さらに効率のよい方法を模索しているところだ。

    • 図5
      図5
    • 図6
      図6
    • 図7
      図7

     ここで問題。あなたの手に友達の皮膚を移植するとどうなるか。答えは「定着しない」。友達の皮膚は「非自己」なので、拒絶反応を引き起こす。この反応を予防する治療薬の1つとしてT細胞を抑制する免疫抑制剤がある。

     続いて、妊娠したお母さんのおなかにいる赤ちゃんは「自己」か「非自己」か。答えは「非自己」。しかし、なぜお母さんの免疫は赤ちゃんを攻撃しないのか? 理由の一つとして、赤ちゃんには、自己か非自己かの認識に関わっている「MHC」というたんぱく質が隠れて存在し、攻撃を受けないと考えられている。

     免疫が反乱を起こして、「自己」を攻撃してしまうのが関節リウマチなどの「自己免疫疾患」だ(図5)。

     では、悪性腫瘍のがんは「自己」か「非自己」か。答えは「自己」だ。がんは、普通の細胞と違って無限に増殖し、転移していく。元々は自分の体の一部で、遺伝子が変異して、異常なたんぱく質が発現するが、免疫の応答は弱い(図6)。がん細胞には、病原体のようなパターン分子がほとんど無く、免疫が活性化されないことが原因の一つと考えられている。現在、自然免疫を活性化して、がん細胞を排除する新しい治療法の開発が進められている。

     最後に、私が所長を務める北海道大の遺伝子病制御研究所が取り組んでいる最近の社会貢献活動を紹介したい。子どもたちに免疫について学んでもらおうと、幼稚園で出張講義を行った。「からだをまもるんジャーのはなし」と題し、研究員や学生らが免疫細胞や病原体に(ふん)し、劇の形で免疫のしくみを紹介した(図7)。さらに子どもたちには、顕微鏡を使って免疫細胞や病原体を実際に観察してもらった。免疫のしくみを学ぶことで、手洗いやうがいの大切さを理解し、目に見えないミクロの世界があることに気づいてもらえればと期待している。

     子どもたちのみならず、若手研究者にとっても、社会貢献を体験する良い機会となっている。教育という面からも引き続き開催していきたい。

    高岡 晃教(たかおか・あきのり)
     1992年札幌医科大医学部卒。2000年に東京大医学部助手、02年に同講師、07年に北海道大遺伝子病制御研究所教授などを経て、12年から同研究所所長。

     ◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。毎月1回、東京・品川で開いている。日程や参加申し込みは、セミナーのホームページへ。

    2015年11月19日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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