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    病気の原因は体質か、生活習慣か? 糖尿病、肥満を例にとって考えよう

    群馬大学生体調節研究所 泉哲郎所長

     糖尿病や肥満の原因について話したい。

     実は糖尿病の歴史は古い。平安時代の貴族・藤原道長は日記の中で、40歳代に糖尿病の症状が出始め、50歳代に物が見えなくなったと記している。これは糖尿病による網膜症で視力が低下したことを示している。

     そもそも糖尿病とはどんな病気なのか。腎臓には、糖などの体に必要な物質が尿中に流出するのを防ぐため、特殊な仕組みが備わっている。だが、血液中の糖の濃度(血糖値)が高くなると、糖の流出を防ぎきれなくなり、尿と一緒に出てしまう。また血糖値が高くなると、体中の細胞から水分が出てしまう。血糖値が高い状態が続けば脱水症状を起こし、最終的には細胞を作っている成分そのものも尿に出て、意識不明に陥る。

     そうした危険な状態になるのを防ぐため、膵臓(すいぞう)のβ(ベータ)細胞(図1)からインスリン(図2)が分泌され、血糖値を下げている。この仕組みは1920年代までに解明され、カナダの医学者がインスリンの発見によってノーベル生理学・医学賞を受賞している。

    • 図1
      図1
    • 図2
      図2

     ところで、一般には、肥満になると糖尿病になりやすくなると言われている。これは、肥満になると血糖値を下げるインスリンの効きが悪くなるからだ。肥満の人は体内の脂肪細胞が大きい。脂肪細胞が大きくなると、細胞内に脂肪をためこむだけでなく、インスリンに対して抵抗性を示したり、体内組織に炎症を起こしたりするような物質が分泌される。

    • 図3
      図3

     ここで肥満の人と糖尿病患者の数を見てみよう。2007年の調査では、約50年前に比べ、肥満と診断される人の数は4倍近くに増え、糖尿病の患者数も40倍近くに達している(図3)。ここで言う肥満とは、体重(キロ・グラム)を身長(メートル)の2乗で割った値である体格指数(BMI)が25以上のことだ。

     肥満や糖尿病の患者が増えた背景には、肉体労働が減って消費カロリーが減少した一方、食生活の変化で摂取カロリーが増え、生活習慣が変化したことが考えられる(図4)。

    • 図4
      図4

     生活習慣の影響で肥満や糖尿病患者が増えたことは、次のような具体例からも確かめられる。昔、アジアから米国のアリゾナ州やメキシコに渡った民族がいた。メキシコの高地に移住した人たちはほとんど肥満にならず、糖尿病を患った人は移住者の10%足らずだった。一方、栄養状態が格段に良い米国に渡った人は、移住者の約90%が肥満になり、約50%が糖尿病になった。

     ただ、肥満になった人全員が、糖尿病になるとは限らない。皆さんのまわりでも、太っていても糖尿病になっていない人がいるだろう。病気のなりやすさには、環境因子のほかに、遺伝子の特徴も関係していると考えられ、体質によって違いが出る。

     遺伝子が糖尿病や肥満に関係する具体例を見てみよう。90年代に、糖尿病を発症したマウスが見つかった。私たちがそのマウスのインスリンの遺伝子を分析したところ、インスリンを構成しているアミノ酸の種類が通常と異なっていることが分かった。つまり遺伝子が変異したことによって、正常なインスリンを作れなくなり、糖尿病にかかっていたのだ。

     別のグループの実験では、遺伝子の異常が原因で肥満になった例が報告されている。通常、マウスが食事を取りすぎて肥満になると、脂肪細胞から「レプチン」と呼ばれるホルモンが分泌される。このホルモンが脳に伝わると、食欲が抑制される。つまり、レプチンの遺伝子に異常を起こしたマウスでは、食欲の抑制ができず、肥満になってしまったのだ。

     このようにインスリンやレプチンの遺伝子に異常があると、糖尿病や肥満になることが分かる。これはマウスでも人間でも同じだ。

     ただ、人間は、インスリンやレプチンの遺伝子以外にも、多くの遺伝子を持っており、その特徴が人それぞれ微妙に違っている。この違いによって顔の形や薬に対する反応、病気のなりやすさなどが違うことになる。現在、糖尿病患者と健常者の遺伝子を調べ、患者に多い遺伝子の特徴を探る研究が盛んに行われている。

     これまで見てきたように、病気は生活習慣を表す環境因子と体質を表す遺伝的因子との組みあわせによって起きる。子どもの疾患は遺伝子異常の影響が大きいことが多いが、中年になるにつれて、環境因子の影響が大きくなる。

     糖尿病や肥満を治すには、食事療法や運動療法など生活習慣の見直しが重要だ。だが、将来的には、遺伝子を調べて、インスリンの分泌が悪い人や、インスリンを作り出す能力が弱い人など、一人一人の体質に合った薬が処方される日が来るかもしれない。

    泉哲郎(いずみ・てつろう)
     1982年東京大学医学部卒。90~94年、米ハワード・ヒューズ医学研究所研究員。2000年に群馬大教授。15年から群馬大生体調節研究所所長。

    【質疑応答】

      生活習慣の改善は自分でもできるが、遺伝子に関する改善にはどんな方法があるのか?

      例えばβ細胞の働きが悪い場合、将来、iPS細胞などを使って、働きの良いβ細胞を作り、体に補充することは技術的に出来るだろう。だが、遺伝子操作には、倫理的な問題もつきまとう。脂肪の働きが悪いからといって、体中の脂肪を入れ替えたり、脳を交換したりするわけにはいかない。

      遺伝子と生活習慣との関係を具体的に。

      遺伝子のタイプによって、インスリンが分泌されにくい人や、インスリンが効きにくい人などがいる。遺伝子にそういう特徴がある人が肥満になると、糖尿病になる確率が高まることになる。

     

     ◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。次回は2016年9月17日に開催予定。詳しくはセミナーのホームページへ。

    2016年03月24日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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