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    「ゲーム理論のフロンティア 人間社会と経済行動のよりよい理解を求めて」

    京都大経済研究所 岡田章教授

    • 図1
      図1
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      図2
    • 図3
      図3

     経済学は現在、2つの方向で進化している。一つは自然科学、サイエンスとして社会現象や背景のメカニズムを論理的、実証的に理解する。もうひとつは問題解決学としての経済学で、私たちが現在、直面している金融危機などの問題に貢献する役割がある(図1)。どちらがより重要という訳ではなく、それぞれがフィードバックしながら経済理論が発展している。

     ゲーム理論にはさまざまな定義がある。サイエンスとしては、相互関係のある複数の個人や組織それぞれの行動と、社会のあり方を研究する学問だ。関係する個人や組織のことは、プレーヤーと呼ぶ。問題解決学としては、異なる価値、文化を追求する他のプレーヤーとの利害対立を解決し、いかに協力関係を構築できるかを研究する。ゲーム理論は、数学者のフォン・ノイマンと経済学者のモルゲンシュテルンが、米国プリンストンで研究交流することを通じ、1940年代に誕生した(図2)。

     社会は一種の「ゲーム」のようなもので、複数のプレーヤーが一定のルール、法律とか道徳に基づき、それぞれの目的を実現しようとして、競争したり、協力したりという認識は古くからある。経済学の父と呼ばれるアダム・スミスも、18世紀に「道徳情操論」を発表している。

     天才数学者のジョン・ナッシュが博士論文で提示した「ナッシュ均衡」の概念を理解してもらえれば、ゲーム理論を基本的に理解できる。ナッシュは1994年に、ゲーム理論の研究者として初めてノーベル経済学賞を受賞した(図3)。それ以降、ほぼ隔年でノーベル賞を受賞する理論分野のうち、半分がゲーム理論関連の業績となった。

     ナッシュ均衡は、人々がそれぞれの行動を選択しているとき、だれが自分の行動を変更しても有利にならない状況、つまり、プレーヤーの行動の落ち着く先を示している。均衡状態、平衡状態に焦点を当て、注目する。

     身近な例としては、エスカレーターでの列がある。東京・渋谷では左側に一列に並んでいる(図4)が、このとき一人だけ、右側に移る行動を選択すると、急いでいる人にぶつかり、けがをしてしまう。その人にとって有利にならない。大阪・梅田では、右に立つ(図5)。実は、国際的には大阪のほうが標準的で、東京地方が例外的だ。このように均衡というのは一つとは限らず、1本のエスカレーターという物理的な条件が同じでも、人々がどう行動するかという予想や期待が影響する。

    • 図4
      図4
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      図5

     私の最近の研究テーマの一つは、協調協力関係だ。どのようにしてグループの形成や分配が行われるかを考えている。望ましい分配については、「効率性」と「公平性」の2つの基準がある。効率性を高めるには、競争的な市場メカニズムの導入がある程度有効で、総価値を最大にできる。一方、公平性の定義は、全員に平等な分配をするか、努力や貢献度に応じた分配をするかで、研究者の間でも一般の間でも、何が公平かの合意がない(図6)。

     問題をシンプルにした「3人協力ゲーム」を考える。古典的な問題だが、現代でも多くの研究者が合意する解がない、未解決の問題だ。ルールは「3人がグループを作れば、利得1を3人で分配」、「2人だけがグループを作れば、2人が利得aを分配し、1人は利得が0になる。aは0と1の間の値」、「グループを作らなければ、3人とも利得0」とする。3人のうち、1人を提案者として交渉を進めさせる(図7)。

    • 図6
      図6
    • 図7
      図7

     結果はaの値によって変わる。a=0・8なら、1人を排除すれば、利得を0・4ずつ分配できる。逆にaが0に近いと、利得1を3人で分けたほうが大きくなる。aが大きいほど経済格差が大きい社会となる(図8)。

     3つのナッシュ均衡が考えられる。一つ目は3人グループを作り、自分がほぼ1を要求する。二つ目は3人グループを作り、3分の1の分配を提案する。三つ目は、ランダムに選んだ1人とグループを作り、a/2の分配を提案する(図9)。実際の研究では、数学的なモデルと、学生を使った実験の結果を比較して進めている。

    • 図8
      図8
    • 図9
      図9

     私のもう一つの研究テーマは、自由貿易や温暖化対策、資源乱獲問題などの利害対立を巡る合意の問題だ。合意を実行させるための仕組みをどう作ればよいか、考えている。

     理系と文系のあらゆる学問の知を結集して、人間社会の秩序の形成や、持続的な発展に貢献していきたい。

    岡田章(おかだ・あきら)
     1977年東京工業大理学部数学科卒。同総合理工学研究科修了、理学博士。91年に京都大助教授、96年に京都大教授。2016年から京都大経済研究所長。

    【質疑応答】

      ナッシュ均衡というのは、数学的に証明された定理なのか。

      ナッシュが博士論文で証明した定理だ。現在からみた業績としては、証明したことよりも、概念を提唱したことのほうが重要だ。極めてシンプルで自然な考え方だが、誰も気づいていなかった。

      学生を使った実験をするときは、グループ内の相手が見えるようなやり方をするのか。

      コンピューターによる操作で、相手が分からないようにしている。我々は金額に注目しており、それ以外の要素をなるべく排除している。

     ◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。次回は2016年9月17日に開催予定。詳しくはセミナーのホームページへ。

    2016年04月01日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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