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    詐欺電話回線、停止に法の壁

     年間被害額が400億円以上にのぼる振り込め詐欺などの特殊詐欺。犯罪に使われている電話回線を凍結できれば、被害は劇的に減るだろう。だが、振り込め詐欺救済法(※)によって、犯罪に使われた預金口座は止められるのに、電話は対象外だ。しかも電気通信事業法によって解約には厳しい条件がつけられている。特に有線電話は携帯電話より解約がさらに困難で、悪用されるケースが増えている。

    法解釈に阻まれて

     「こうしている間にも被害者は増えているのに……」。ある通信会社の幹部は悔しがる。

     この会社には昨年、全国の警察から特殊詐欺に絡む捜査関係事項照会が約4万件寄せられた。振り込め詐欺などに使われた電話の契約者情報を問い合わせる内容だ。

     実は、約4万件もの照会結果の大半は、わずか10社前後の法人契約者に集中している。いずれも、この通信会社から電話回線を調達し、再販売している通信事業者だ。「彼らの扱う回線を止めるだけで、かなりの被害を未然に防げるはず」(幹部)で、警察からも契約解除を頼まれるが、応じられずにいる。

     壁になっているのが、電気通信事業法だ。同法では、通信事業者は「正当な理由」がなければサービスを打ち切ることはできないと定められている。通信は水や電気などと同様、人間らしい生活を守るために欠かせないとの考え方からだ。総務省の解釈では、契約を拒否できるのは「天災や事故でサービス不能になった」「通信事業者や他の利用者に著しい不便をかける」場合などに限られ、「犯罪に利用されているというだけでは『正当な理由』とは認められない」(事業政策課)という。

    犯罪ツール 有線に移行の傾向

     インターネット回線については既に、総務省の有識者会議での検討を経て通信各社が約款を改正し、犯罪を理由に解約できるようにした。

     無線を使う携帯電話についても、2006年に全面施行の携帯電話不正利用防止法で、通信事業者などに契約者の本人確認を義務化し、身分詐称などで確認できない契約は解除できると定めた。警察は同法を使って事業者に解約を要請。昨年は警視庁の要請分だけで4326件、今年は9月末までに8945件が解除された。

     だが、有線電話は同法の対象外だ。事業者は「警察から要請を受けても解約する法的な根拠がなく、電気通信事業法をたてに契約者から訴訟を起こされる可能性もある」と苦悩する。

     それを見透かすかのように、特殊詐欺に使われる電話は3年ほど前から、それまで主流だった携帯から有線に比重が移りつつある。警視庁によると、昨年犯行に使われた電話番号のうち携帯は51%、有線が49%で、今年になってからは携帯が29%、有線が71%を占めるようになった。冒頭の通信会社への約4万件の照会も、大半は有線の番号という。

    ◇警視庁が把握した特殊詐欺に悪用された番号

      固定電話 携帯電話
    昨年
    (1~12月)
    1015件
    (49%)
    1073件
    (51%)
    今年
    (1~9月)
    1743件
    (71%)
    725件
    (29%)

    預金口座の場合は

     特殊詐欺グループにとってのいわゆる「三種の神器」は預金口座、電話、過去の被害者リストとされる。このうち預金口座については08年に施行された振り込め詐欺救済法により、捜査段階で送金先の口座を察知した警察が要請すれば、金融機関は取引を停止できることになっている。

     通信事業者からは「電話も対象にしてほしい」との声も上がるが、関係者は「送金先口座の凍結は、被害者に返金して被害を回復させることが目的。一方、電話回線の場合、新たな被害を未然に防止する目的なので同法の対象とするにはハードルが高い」とみる。

     こうした現状に対し、通信の法制度に詳しい森亮二弁護士は「電気通信事業法が厳しい提供義務を設けているのは、固定電話しかなかった時代に、110番などの緊急通報の手段がほかになかったことを前提としていた」と指摘。「連絡手段が多様化した今、時代に即した解釈の見直しが必要で、犯罪の軽重などを考慮した上で、重大な犯罪は契約拒否の理由として認めるべきではないか。被害の大きさと凍結の効果を考えれば、将来的には振り込め詐欺救済法の対象に加えることも議論すべきだ」と話している。

    なお残る課題

     振り込め詐欺被害を減らすには、「詐欺グループの摘発」と「犯罪ツールの撲滅」という2方面からのアプローチがあるといえるだろう。

     摘発により犯罪者を一掃できればそれに越したことはないが、現金の「受け子」役など末端はともかく、幹部まで摘発するのは容易ではない。このため警察では摘発と並行して犯罪ツール対策にも力を入れているが、こちらも簡単ではない。

     最近増えている有線電話の場合、一つには前述のような法解釈の壁があるが、もう一つ厄介なのが、詐欺グループによる番号の入手経路の複雑さだ。

     電気通信事業者には、自ら通信設備をもつNTTなどの大手通信事業者のほか、自分では設備をもたず、大手から調達した回線を再販売する事業者もいる。後者は総務省に届け出るだけで事業参入が可能だ。レンタル事業者のように登録も届け出も不要な通信事業者もいる。

     詐欺グループはこうした業者を幾重にも介在させて番号を入手することが多く、捜査関係者は「8~9社を経由したケースもあった」と明かす。中には詐欺グループと親しい立場の業者もいて、捜査に入ったことを知らされてしまうこともある。

     どんなに複雑な契約を間に挟んでも、彼らの使う電話番号の元は、大手事業者が卸している回線だ。大手が「蛇口」を閉めてしまえば、犯罪ツールはなくせる。ただ、詐欺グループは直接の契約相手ではないため、解約には技術的な課題も残る。

     もともと1回線=1番号だった黒電話の時代の名残で、大手各社の契約は現在も回線ごとに結ばれている。だが光ファイバーの場合、1回線を最大1000もの番号に細分化することが可能だ。大手が卸した1本の回線が1000の番号で再販売され、このうち900の番号が犯罪に使われたとしよう。現状では大手は丸々1回線を遮断することになり、無関係かもしれない残り100番号の利用者も使えなくなってしまう。

     一部の大手事業者は番号ごとの解約を可能にするシステムの変更を計画している。しかし、導入や運用には費用がかかるだけに、今後、他社が追随するかどうかは不明だ。

    (編集委員 若江雅子)

    〈振り込め詐欺救済法〉

     被害回復のための分配金支払いの手続きなどを定めた法律で、振り込め詐欺のほか、未公開株詐欺やヤミ金融などで現金を振り込んだ被害者も救済対象。捜査機関からの情報提供で振込先口座として悪用された疑いが認められる場合、金融機関は取引停止措置を講ずると定めている。

     

    2016年11月07日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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