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若手奮起へ、ノーベル物理学賞受賞者メッセージ…電話座談会

 「日本の素粒子物理学の水準の高さが改めて認められた」「日の丸3本が揚がったことがうれしい」――。ノーベル物理学賞の日本人トリプル受賞決定の快挙に沸き立った7日夜、南部陽一郎さん、小林誠さん、益川敏英さんの3人の受賞者と、ノーベル賞受賞では先輩格の江崎玲於奈さん、野依良治さんの5人がそろって、読売新聞東京本社と結ぶ電話座談会を行った。

 話題は、素粒子に昼夜を忘れて取り組んだ若き日の研究生活、若手へのメッセージまで広がった。

 ◆南部陽一郎氏 シカゴ大名誉教授(2008年物理学賞)

 ◆小林誠氏 日本学術振興会理事(2008年物理学賞)

 ◆益川敏英氏 京都産業大教授(2008年物理学賞)

 ◆江崎玲於奈氏 横浜薬科大学長(1973年物理学賞)

 ◆野依良治氏 理化学研究所理事長(2001年化学賞)

    (司会=小出重幸・読売新聞東京本社科学部長)◎文中敬称略

 ――おめでとうございます。今のお気持ちを。

 益川 難しいですね。基本的には、昨年の段階で、今年は我々の番だろうと読んでいました。そういうことになったということです。

 江崎 おめでとうございます。みなさんの日本の理論物理学が世界に認められましたね。当然もらうべき賞です。(日本人最初のノーベル賞受賞者の)湯川秀樹博士以来、日本の理論物理学が認められたということです。

 小林 どうもありがとうございます。南部先生おめでとうございます。

 益川 南部先生の受賞が一番うれしいです。(日本の理論物理学を牽引(けんいん)した)大長老ですから。一緒に受賞できたことが本当にうれしい。大学院に入ってから、南部先生の論文を眺め、しゃぶりつくすぐらい読んで今日の私がある。

 南部 僕も光栄です。小林・益川理論はこちらにいる時、まだ論文を読む前に聞いたが、大したものだと思った。2人の仕事は最初からノーベル賞に値すると思っていた。同時受賞。光栄です。

 江崎 南部先生は世界の理論物理学をリードする存在。遅きに失するノーベル賞受賞だと思います。

 野依 南部先生にはお目にかかったことがありませんが、まずはお礼申し上げたい。早くから渡米し、日本のサイエンスの大使のような働きをした。世界の物理学をリードするとともに、日本の基礎物理を世界中に流布した、その功績は大変大きなものだ。今後も科学界全般を指導して頂きたい。

 南部 ありがとうございます。

 野依 日の丸の旗が3本揚がったこと、一科学者として率直にうれしい。

 江崎 今回の益川さんの受賞は、「対称性の破れ」が柱ですね。対称性は、宇宙の存在にかかわりますね。

 益川 その基礎は南部先生が発見してくれた。素粒子物理の基礎になるものです。

 野依 私は専門が少し違うのですが、化学物質の左右の構造の違いの研究をやっていて、対称性と少し関連があり、大変興味を持ってお仕事の内容勉強しております。

 小林 はい、ありがとうございます。

 江崎 基本的な理論物理にノーベル賞が出た。大発見、大発明ではなしに、地味な基礎研究に出たことはうれしい。

 南部 確かにこれまでのノーベル賞は大発見とか具体的な仕事に対する授賞が多かったわけですね。

 江崎 例えば超電導の発見とか耳目を引くものでした。

 野依 今回は、基礎科学の中でも最も基礎の分野が受賞しました。科学の経済効果は期待されますが、基礎科学がしっかりしなければ何も生まれない。政府も基礎科学重視の方針を出してほしいですね。

 ――学生時代を振り返ってみたい。南部先生は、理論物理学者の坂田昌一・名古屋大学教授の薫陶を受けたと聞きました。

 南部 坂田さんは非常に偉大な科学者だ。影響は確かにある。小林、益川両先生も同じ流れをくんでいる。

 ――小林先生、坂田さんの印象を教えて下さい。

 小林 大学院のとき亡くなっているが、坂田先生の指導で考え方が生きていた感じがする。自由な先生だった。

 ――益川先生、小林先生が理論を出されたときには33歳、28歳という若い時だったと思いますが、最初に科学、自然科学に興味を持って取り組もうとした理由は。

 益川 おやじの影響だったと思います。おやじは、通信教育で強電流を勉強していましたが、なにしろ尋常小学校しか出ていなかったので、微分積分まで出てくると難しくて断念しました。明治生まれですからね。しかし、自分の知識を誰かに語りたいわけですね。そのターゲットが子供である私でした。

 ――最初はお父様から学ばれたということですか。

 益川 戦後の焼け跡の真っ暗な中を月明かりで歩いているときに、なぜ月食が起きるのか、モーターがなぜ回るのか自慢げに聞かされた。

 ――小学生の時ですか。

 益川 はい。学校で勉強はできなかったけど、理科、算数は、ほどほどにできたわけですね。それで自分は将来、理科系に進んでいけばいいのかなと思いこむようになってしまった。

 ――小林先生のきっかけは。

 小林 特にないのですが、子供のころから科学に興味を持っていたような気がする。

 ――南部先生は?

 南部 学生だった20歳前後のころ、ノーベル賞を受ける前でしたが、湯川先生は世界的に有名で、その刺激を受けたのは確かです。

 ――若い人たちの間では科学離れが進んでいます。メッセージをお願いしたい。

 小林 それぞれ考えを持ち、深めていくことでバリエーションが生まれる。若い人には、自分の考えを伸ばしていく。自分で考えろ、ということだ。

 南部 湯川先生の仕事が私の大きな刺激になったように、私の仕事が若い人たちの刺激になってくれればいい。

 益川 日本の教育で、理科離れが言われています。(我々の受賞が)ほんの少しでもそのブレーキの役割をしてくれるなら意味ある受賞だと思います。

 野依 若い人に大きなメッセージになる。3人の受賞は、日本人に科学する力が十分にあるという証拠を、世界に明確に示した。日本が経済的に困難だった時代に発表された研究が受賞したことは意味あることです。現在、日米欧の研究環境にほとんど変わりはない。若い人に世界を本当にリードする科学を進めていってほしい。それができる素地はあると思います。

 江崎 益川先生は、10年前に新しい研究も、実験で検証されましたね。

 益川 急速に進展する生命科学分野が顕著ですが、科学はより強力な方法を開発し、自然にアプローチしていかなければ新しいものは得られない。それにはお金もかかります。その意味で我々の科学を理解してもらうことが重要になります。

 野依 私は、今後は、やはり研究者の育成、継承ということが大変大事だろうと思います。今回、南部先生も、益川先生、小林先生も決してお若くはないのですが、これから基礎科学の分野で優秀な人材が求められます。今回の受賞が、若い研究者、学生たちを励ますことになってくれれば、これ以上のことはないと思います。今後とも日本の基礎科学が継続的に発展していくことを願っています。

 ――欧州合同原子核研究機関(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)が動き出します。受賞はそうした国際研究にも励みになりますね。

 南部 そうですね。もちろん私の理論をもとに様々な理論が生まれ、次々に新しい発見があるだろうと予期されているわけですから、その意味で私の基礎研究が認めていただけたことは大変光栄だと思います。

 江崎 朝永先生たちのころから続く日本の理論物理の伝統が花開いた。世界の若い物理学者、なかでも日本の若い人たちが注目してくれる。物理学の真理は、自然の真理というか、我々にとって貴重な人類の財産だ。若い人たちが科学に関心を抱くきっかけになれば、受賞は大きな意味がある。

 ――南部先生に日本と米国の研究環境の違いを伺いたい。

 南部 米国に渡ったころは大きな違いがありました。私も日本では生活苦で苦労した。朝永先生もプリンストン高等研究所にいる時、「天国に島流しにされたような気持ち」と言ったというが私も同じ。収入も格段に多くなり、車も運転しなくていいし、天国にいるような感じがした。

 江崎 私も米国に32年間いたが、米国の方が創造性を喚起するような部分が日本より多い気がする。創造的な仕事をサポートする雰囲気が日本よりあるのではないか。

 南部 それは言えるかもしれないが、小林先生と益川先生の業績もあるので一概には言えない。でも創造性というか自由はある。

 江崎 今回の受賞は重要な基礎研究の存在、宇宙の根幹を高く評価したものだ。

 ――南部先生、帰国予定は?

 南部 まったくない。日本にいけるか分からない。

 江崎 お体を大事に。ノーベル賞受賞で忙しくなるから。

 南部 ありがとうございます。

2008年10月8日01時53分  読売新聞)
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