文字サイズ

    娘早世 悲痛にじむ献入帳…明治時代献納の宝物

     奈良・正倉院の宝物の中には、奈良時代より後に作られ、納められたものもある。第69回正倉院展(奈良国立博物館、11月13日まで)に出展されている「酒人内親王献入帳さかひとないしんのうけんにゅうちょう」も平安時代の史料で、明治時代に東大寺から献納された。

     酒人内親王(754~829年)は光仁天皇の皇女。母は聖武天皇の皇女・井上内親王とされる。異母兄の桓武天皇に嫁いだ。史料によると、美貌びぼうの人で仏教をあつく信仰した。

     献入帳は、酒人内親王が818年、経典や荘園などを東大寺に献じた際の目録だ。献納は、817年に亡くなった一人娘、朝原内親王の遺言による。献入帳には、朝原内親王の遺言として、春には父の桓武(806年死去)、秋に母の酒人内親王のため、経典を唱えてほしいと記してある。

     親孝行な娘を失った酒人内親王の悲痛は、察するにあまりある。

     当時、聖武の血をひく皇族は酒人、朝原両内親王の他におらず、朝原内親王の死は聖武系の断絶を意味した。空海代作と伝わる酒人内親王の遺言も残され、「先祖を追慕するのは子であるが、不幸にして先に露の命を終えている」と、娘の早世を悲しんでいる。

     献入帳に記された荘園の美濃国(岐阜県)厚見荘は、後に東大寺にとって重要な荘園となった。母と娘の信仰が実を結んだのかもしれない。末尾の酒人内親王自筆とされる署名を見ながら、想像をめぐらせた。(早川保夫)

    2017年10月30日 15時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    PR
    今週のPICK UP
    PR
    今週のPICK UP