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「世界ジュニアサーフィン選手権」で安室丈選手が個人初の優勝、国別対抗でも日本が金に輝く

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男子16歳以下で優勝した安室丈選手

安室丈選手

 アジアでは初の開催となる世界ジュニアサーフィン選手権(主催=国際サーフィン連盟)が9月23日から10月1日まで、宮崎県日向市お倉ヶ浜海岸で開かれた。日本勢では男子の16歳以下(U―16)で安室あづちじょう選手が金メダルを獲得、3位に上山キアヌ久里朱くりす選手が入った。同大会で、日本人が個人優勝するのは初の快挙で、2020年の東京オリンピック代表も視野に入るジュニア世代に期待が高まる。また、1チーム5人の国別対抗戦「アロハカップ」でも優勝した。


男子16歳以下で表彰台に上った安室丈選手(中央)と3位の上山キアヌ久里朱選手(右)

アロハカップで優勝した日本チーム

 大会では、男女別に16歳以下(U-16)、18歳以下(U―18)で競われたほか、国別対抗のアロハカップも行われた。41か国・地域から306人の選手が参加。日本からは12人の選手が競技に挑んだ。


 さらに、参加各選手の順位による総ポイント数で決定する国別ランキングでは、前回大会の4位を上回る第3位となり銅メダルを獲得しました。

※写真は国際サーフィン連盟提供

主な結果

  • 男子16歳以下(U―16)

    優勝:安室丈(日本)、3位:上山キアヌ久里朱


  • アロハカップ

    優勝:日本、準優勝:ハワイ、3位:フランス、4位:コスタリカ

  • 国別ランキング

    優勝:アメリカ、準優勝:ハワイ、3位:日本、4位:オーストラリア

9月に宮崎県日向市で世界ジュニアサーフィン選手権を開催

 アジア地域では初の開催となるサーフィンの世界ジュニア選手権が9月23日から10月1日まで、宮崎県日向市のお倉ヶ浜海岸で開かれる。2020年東京オリンピックの採用競技となったことで注目度も上がり、18歳以下、16歳以下の二つのカテゴリーに加えて個人戦のポイント総計で競われる国別対抗戦もある。国際サーフィン連盟(ISA)主催の大会としては過去最多の500人ほどの選手が参加する見込みだ。

チームワークも大きな見どころに

 大会に先立って開かれた記者会見では、酒井厚志・日本サーフィン連盟(NSA)理事長が「昨年の世界ジュニア選手権は過去最高の国別4位となった。今大会もそれ以上を目標にしたい。また、1990年世界選手権以来の日本開催となる。サーフィンは個人競技だが、国別争い・チームワークも本大会の見どころだ」と話した。今回の代表選手は、3月の合宿、NSA主催試合、他団体試合の結果を踏まえて決まった。NSAの吉永修・強化本部長は「代表を選ぶ作業はとても大変だったが、最強の日本チームを編成することができた」と自信をのぞかせた。

地元のアドバンテージ生かしたい

 女子の18歳以下(U―18)に出場する川合美乃里選手(16)は、2020年大会の会場となる千葉県一宮町で5月に行われた国際大会で優勝した。9月の大会に向けても「日本で開催される大きな大会で楽しみです。食べ物なども大きなアドバンテージになると考えている」と抱負を述べた。

 男子の16歳以下(U―16)に出場する上山キアヌ久里朱選手は「自分の地元の海と波質が似ている。いつもと同じスタンスで臨む」と話した。

2020東京大会の前哨戦

 NSAによると、日向は波がコンスタントに良く、日本人の優勝のチャンスもあるという。3年後には、今大会の出場選手が20歳前後になって主力となってくることを考えれば、東京オリンピックの前哨戦としての若手の活躍が期待される。

松田さんがアンバサダーに

 この大会では、競泳オリンピックメダリストでサーフィンが趣味でもある宮崎県出身の松田丈志さんが、大会アンバサダーに就任する。松田さんは「会場のお倉ヶ浜は(自分の)ホームでもある。現役時代も宮崎にいるときは、午前はお倉ヶ浜でサーフィンをして、午後は水泳の練習をしていた。自分も4回出場してオリンピックに魅せられていた。選手には強くなってほしい。地元開催のアドバンテージを力に変えてほしい」と激励の言葉を送った。

未来をつなぐレガシー展を羽田空港で開催

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 2020年の東京オリンピック・パラリンピックへのムードを盛り上げる「未来をつなぐレガシー展」(読売新聞社主催)の第5期「東京2020の追加競技」が、7月7日から羽田空港国内線第2旅客ターミナル3階のディスカバリーミュージアムで開催中です(終了)。会場内には、16年8月の国際オリンピック委員会(IOC)総会で追加が決まった競技にまつわるユニホームや用具などの貴重な品々や新聞記事などが展示されています。

選手が大会で着用したサーフィン競技のゼッケンやボードが並ぶ

 サーフィンでは、日本のトップ選手が実際に大会で着用したゼッケンやサーフボードが展示されているほか、空手では14、16年の世界選手権で連覇を果たした清水希容選手(ミキハウス)の道着や黒帯が見られます。スケートボードやスポーツクライミングの様々な用具の展示コーナーでは、わかりやすいイラストを使った競技紹介が添えられています。また、会場奥には、トリックアートを使って、来場者がサーフィンやスポーツクライミングを行っているような写真が撮れるスポットもあります。黒色を基調とした落ち着いた雰囲気の会場内では、ヨミウリ・オンラインの新競技紹介サイト「2020×4」のコンテンツの一つであるドローンを使用したサーフィン動画(読売新聞東京本社メディア局制作)をはじめとする各競技の動画が常時上映され、来場者が迫力のある映像を楽しんでいます。

長嶋監督モデル(左)とダルビッシュのユニホーム

 3大会ぶりに復活した野球・ソフトボールのコーナーでは04年のアテネ五輪を前に、病に倒れた長嶋茂雄監督モデルのユニホームが、ひときわ目を引きます。着脱しやすいよう、ユニホームのサイドにジッパーが特別に取り付けられています。08年北京大会のダルビッシュ有投手(レンジャーズ)のサイン入りユニホームや、17年のワールドベースボールクラシック(WBC)で小林誠司捕手(巨人)が使用したバットも展示されています。このバットは、13年のWBCで活躍した巨人の井端弘和コーチが現役時代に使っていたものを譲り受けたもので、井端コーチの名前が入っているなど興味深いものです。08年の北京大会で金メダルを獲得したソフトボールメンバーによるサイン入りボールのセットも華やかです。

インターネットのリンク先を読み取る最新技術「Link Ray」で新競技サイト「2020×4」を閲覧できる

 最新技術を使ったコーナーも注目です。パナソニックの協力で、光の点滅によりインターネットのリンク先を読み取れるLinkRayを期間限定で体験できます。この技術を使うと、スマホから新競技紹介サイト「2020×4」に直接アクセスできます。

 展覧会の名称でもある「レガシー」(遺産)は、近年、IOCが重要視しているテーマの一つです。開催都市と開催国家は、オリンピック開催を契機として、スポーツに限らず、社会、環境、都市、経済などの面で持続的な効果、つまり、レガシーを生み出すことが求められています。

 これは「オリンピック憲章」にも記され、2020年の東京オリンピック・パラリンピックでも、レガシーを残すため多様な活動を進めていくことになっています。

 ディスカバリーミュージアムは国内線第2旅客ターミナルの3階、P4駐車場連絡口の先にあります。9月24日まで。開館時間は午前11時から午後6時半(土日・祝日は午前10時から)。入場無料。お問い合わせは、同ミュージアム(03・6428・8735)へ。

川合美乃里がV…サーフィン・オリンピック会場で国際大会

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 サーフィンの一宮千葉オープンは5月28日まで千葉県一宮町の釣ヶ崎海岸で行われ、日本人対決となった女子決勝は、川合美乃里が黒川日菜子を下して、優勝した。

 同所では、昨年12月に東京オリンピックの開催地に決定後、初の国際大会となった。競技は30分前後の制限時間内で波を乗りこなすライディングの出来栄えを1回につき10点満点で採点し、より高い2回の合計点で争われた。

 大会は国際プロリーグ「ワールド・サーフ・リーグ」の最高峰の「チャンピオンシップツアー」の来季の出場権を争う「クオリファイングシリーズ」の2番目の格付けの大会で、大会主催者によると、日本女子選手がこのグレードの大会を制するのは初めて。

2017年5月 サーフィン世界選手権@フランス・ビアリッツ 日本勢は大村選手が7位

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 2020年東京オリンピックの追加競技に決まったサーフィンの世界選手権は5月20〜28日までフランス南西部のビアリッツで行われ、日本勢は個人戦で女子の大村が7位に入った。国際サーフィン連盟の公式サイトによると大村は、上位8人が2組に分かれて争う準決勝に進出したが、第1組で4位となり、決勝進出の4人には勝ち上がれなかった。4選手が出場した男子は小笠原と田中の17位が最高で、準決勝進出はならなかった。

 サーフィンは個人競技だが、世界選手権は国・地域ごとに男女の総合成績で争う団体戦も行われる。8チームで争われ、日本は準決勝の第2組4位で、決勝に進めなかった。

 大村選手コメント:「(7位という結果に) メダルを持って帰りたかったので悔しい気持ちです。今回の順位をしっかりと受け止め、また来年の世界選手権を楽しみに迎えられるようにしたいと思います」

※写真は国際サーフィン連盟提供

日本代表

  氏名
男子 大音 凛太
小笠原 由織
田中 大貴
堀越 力
女子 大村 奈央
野中 美波

2017年3月、国内強化指定合宿に密着しました!

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 趣味でサーフィンをかじって早幾年。いっこうに上達しない「下手の横好き」ですが、ウネリから板を横に滑らせて、長く波に乗れた時の気持ち良さといったら! すごくうまく乗れたときの感触だけで、1,2か月くらいはおいしいご飯が食べられそうです。

東京オリンピック候補への代表争いが始まった!

 それでも毎度思うのが、「もっとうまくなりたい!」ということ。友人とよく「ライフワークだね」と話しています。

 さて、こんなふうにサーフィンの魅力にとりつかれている私ですが、試合を実際に見たことがありません。サーフィン好きな私でさえそんな状況ですから、おそらく多くの方が「サーフィンの試合って、どう楽しめばいいの?」と思っているのではないでしょうか。

 そこで、3月に行われた“波乗りジャパン”※1の強化合宿を密着取材しました!

 2017年の強化選手は男性51人、女性30人。合宿にはそのうち60人が参加しました。3日間の日程で、初日と2日目は実戦方式で、最終日はアンチドーピングやメディア対策といった座学中心で行われました。

 東京オリンピックでの試合方式はまだ決まっていませんが、試合の多くはヒート※2約20分です。合宿もこれにならい、1ヒート20分の実技時間で、3〜4人が同時に海に入り、得点を競いました。

ヒート終了後も笑顔が見られた

 浜からブレイクポイント※3までは100メートルほど。風や潮の満ち引きなどで海は常に変化しているので、波を見極めることが重要です。さらに、そのポイントのピーク※4の位置取りができるかも大切なポイントです。移動はパドリング※5で。ライディングを終えるとベストポジションを確保するために、休む間もなくパドリングして沖にあるポイントに向かいます。その間も波は打ち寄せてくるので、とても体力を必要とします。沖まで来たら、波の見極め。サーフボードにまたがり、数十メートル先のうねりを観察します。

 トップ選手は、パドリングが安定している上に軽やかで、かつ速いです。力任せに漕いでしまいそうなところですが、上級者ほど軽やかです。パドリングのコツもさることながら、カレント※6を読んでより速く沖に出て行くのです。

 また、選手たちは、来た波でできうる技を駆使して丁寧に乗っているなぁと思いました。それはまるで来た波を自分の舞台のように、大切に演出しているようにも見えました。

 当日の集合時間は午前8時でしたが、夜明け前から海に入って練習する選手もいました。自分が普段練習している海(会場)と違う場合、波のクセを把握し、どのような試合会場なのかをチェックすることも大切なことです。

ジャッジトレーニング中

 ちなみに、試合形式とはいえ合宿ですから、自分なりの課題を見つけてそれをクリアできるように臨むという意識も大事なこと。インタビューに応じてくれた大村奈央選手は「本当の試合では勝つことにしか集中できないので、(この合宿で)色々なことにチャレンジしました」と話していました。

 サーフィンは審判による採点競技です。このため合宿では、ジャッジのポイントを選手自身も学ぶという要素にも力を入れていました。ライディングが試合でどのように評価されるのか――ということを、実際に他の選手がジャッジされる様子を見たり、自分のプレーをビデオで見ながら技術チェックを受けたりすることで学んでいました。

 プレー時間よりも多くの時間が割かれていたため、海で実技をする時間が思っていたよりも少ないと感じる選手もいたようですが、具体的に、選手のライディングがどうジャッジされるのかを知ることは、普段の練習ではなかなかできないこと。とても意義のあるメニューだったと感じました。

 兄妹でサーフィンのために宮崎県に移住し、クラウドファンディングで海外での活動資金を集めている加藤優典、里菜両選手は、「(まだ3年あるが)僕たちの年代も可能性はゼロではないので、こういうチャンスを生かして実力をつけたい。兄妹で代表入りしたい」と、東京オリンピックへの意気込みを語ってくれました。

競技中の選手の半径10mまで近づいて撮影!

 今年9月には「2017世界ジュニアサーフィン選手権」が宮崎県日向市で開催されます。サーフィンの世界大会が日本で開催されるのは、1990年の世界サーフィン選手権以来27年ぶり。ジュニア大会の日本開催は初めてです。オリンピック本番に向けて、徐々に日本でもサーフィン熱が盛り上がってきたように感じます。

 サーフィンは、他人と競うというよりも、波との一体感を楽しんだりして、「もっとうまくなりたい」と自らにテーマを課して努力し続けるスポーツだと思います。ですから、ファッションに取り入れられるなど、長くカルチャーやライフスタイルと絡めて語られることが多かったのだと思います。

 そんな環境になじんできたようにも思いますが、選手たちには、これから3年あまり続く「代表枠を争う闘争心」も磨いていくことが求められるのだな−−と感じた3日間でした。

 今回はドローンでも撮影しました。波と一体化して、海を“滑走”する選手の姿もご覧ください。(読売新聞 重本理絵)

ドローン動画

合宿の模様

※1:サーフィン日本代表の愛称

※2:大会で使われる、組み合わせのこと

※3:波が崩れるきわのこと

※4:波が崩れる一番高いところ

※5:サーフボードの上に腹ばいになり、手だけで水をかくこと

※6:岸に寄せた波が、波がブレイクしない水深が深いところを通って沖に戻っていく潮の流れのこと。離岸流ともいい、潮や海底の状況で変わる。事前にどこがカレントかを把握しておくことも重要。沖に出やすい利点があるが、気をつけないと上級者でも流されてしまうこともある。

アスリート

大村奈央

PROFILE

おおむら・なお/1992年11月生まれ。藤沢市出身。プロサーファー。13歳でジュニアの日本代表に選出されて以来、12年連続日本代表(2017年現在)。好きな選手はオーストラリアのタイラー・ライト(2016年度World Surf League チャンピオン)。身長153センチ

INTERVIEW

  • インタビュア

    サーフィンを始めたきっかけは?

  • 大村

    家族旅行でハワイに行ったときに、サーフィンをしている人をたくさん見たのがきっかけです。

    そこで初めてサーフィンをしました。

    雰囲気とか風の感じ方は今でも覚えていて、モーターがないのに、波にすっと押してもらって進む感覚が面白かったです。

  • インタビュア

    それは何歳頃?

  • 大村

    10歳の時です。サーフィンを本格的に始めたのは、12歳頃ですね。

  • インタビュア

    毎日海に入っている?

  • 大村

    入れたらいいなと思っていますが、オフもつくって、集中する時に集中するようにしています。

    でもサーフィンすることが好きなので、基本は海に入っていろいろやるようにしています。

  • インタビュア

    トレーニングで心がけていることは?

  • 大村

    やっぱり波にのらないと点数にならないので、どんな状況でもなるべく乗るようにしています。

    あまりにも大きい波は本当は怖いんですが、、

    でも試合となればいくしかないですし、なるべく楽しいところを見つけるように乗っています。

  • インタビュア

    好きなサーフポイントは?

  • 大村

    地元の鵠沼は好きですが、世界ツアーを転戦しているので実はあまり行けてません。

    試合を回るとなると半年は(地元に)いないんです・・・。

    海外だと、オーストラリアは波に恵まれているので練習しやすいです。

  • インタビュア

    サーフィンを知らない人に魅力を伝えるなら?

  • 大村

    サーフィンは、自然の影響も大きいところが魅力だと思います。

    競技は採点形式で、ワクワクするような演技を見つけたら楽しめるのではと思います!

  • インタビュア

    2020年オリンピック代表に向けた意気込みを!

  • 大村

    サーフィンがオリンピック種目になっただけでも本当に夢みたいです。

    2020年にそこで戦えるよう、頑張っていきたいです。

INTERVIEW MOVIE

稲葉玲王

PROFILE

いなば・れお/1997年3月生まれ。千葉県出身。13歳で史上最年少プロサーファーとなる。好きな食べ物は焼き肉。身長172センチ、体重75キロ

INTERVIEW

  • インタビュア

    サーフィンを始めたきっかけは?

  • 稲葉

    父親がプロサーファーで、家もサーフショップなので、自然な流れというか強制というか・・・。

    5、6歳くらいだったと思います。最初は嫌だったんですが、やっているうちにここまできました。

  • インタビュア

    好きな技や波のサイズはある?

  • 稲葉

    チューブ(波が筒になるところをくぐる)とか、エアー(波の上で飛んだり回ったりする)は好きです。

    チューブなら(波が)大きい方いいですね。頭よりもう少し大きいくらいかな。

    あまりに大きいと怖いです。

  • インタビュア

    普段は海外中心の生活?

  • 稲葉

    そうですね。ほとんど海外です。

    日本にいるのは1年で合わせて1か月くらい。帰国しても1週間以上いることはないです。

  • インタビュア

    トレーニングも波に乗るのが中心になる?

  • 稲葉

    はい。でもサーフィンできない時には体幹トレーニングをしています。

    サイズが小さい波も乗れなければいけないので、そういう練習もしています。

  • インタビュア

    道具のこだわりを教えてください。

  • 稲葉

    サーフボードは、ハワイに昔からの付き合いでお父さんみたいな人がいて、その人に作ってもらっています。

    よく話し合える関係で、それが良い板を作ることにつながっているのかなと思います。

  • インタビュア

    2020年オリンピック代表に向けた意気込みを!

  • 稲葉

    まずは、今参加しているWSL(ワールド・サーフィン・リーグ)で頑張りたいです。

    その先にオリンピックがあって、その頃にトップになっていれば自然とつながっていくのではと思います。

    とりあえず頑張るしかないです!

INTERVIEW MOVIE

加藤優典・里菜

PROFILE

かとう・ゆうすけ/1999年1月生まれ。大阪府出身。好きな波は、おなかや胸くらいの大きさ。身長167センチ、体重約60キロ

かとう・りな/2000年10月生まれ。大阪府出身。憧れはカリッサ・ムーア(米国)選手。身長162センチ

INTERVIEW

  • インタビュア

    サーフィンを始めたきっかけは?

  • 優典

    父がもともとサーファーで、小さい時からサーフィンをみながら砂浜で遊んでいました。

    小学4年生のときに初めて父に「サーフィンやるか?」と聞かれて、やってみたいと言ったのを覚えています。

  • 里菜

    (宮崎に)引っ越すのをきっかけに、真剣に始めました。

  • インタビュア

    サーフィンのために宮崎に引っ越しされたんですよね。どういういきさつで宮崎に?

  • 優典

    もともと友達がいたので、中学1年の時に「もっとスキルを上げたい。宮崎に行かせてほしい」と両親に伝えました。波もいい、暖かい、ご飯おいしいと、良いことずくめな環境です。父と姉は今も大阪で、僕と母と妹2人で宮崎に行って、今年で5年目です。

  • インタビュア

    クラウドファンディングでの資金集めも話題になりましたね。

  • 優典

    姉が大学生で一番下の妹は7歳。お金がかかります。アルバイトの時間も十分に取れないなか、お金がないから大会を諦める、ということはしたくなかったんです。そういったいきさつで、クラウドファンディングでの資金集めにチャレンジしました。集まった資金は、妹の里菜の資金に。

  • インタビュア

    陸ではどういったトレーニングを?

  • 優典

    こだわってます。いい波に乗ってアクションを決めているときは有酸素運動を多くしているので、常に動き続けるだけの筋肉、特に背筋力を鍛えています。あと小さな筋肉をうまく使うことも目指しています。

    スケボーだったり、クロスフィットトレーニングも取り入れているんですよ。

  • インタビュア

    食べ物にも気を使っていたり・・・?

  • 優典

    トレーニング中は高たんぱく、低カロリーなもの。試合が始まれば、ジャンクフード以外はあまり気にしていないです。

  • 里菜

    炭酸飲料を飲まないようにしています。

  • インタビュア

    2020年オリンピック代表に向けた意気込みを!

  • 優典

    まだ3年半あるので、僕たちの年代でも可能性はゼロではないですし、これから自分の可能性をどれだけ上げていけるかにかかっています。(兄妹で)オリンピック選手になりたいです。

  • 里菜

    サーフィンを初めてまだ4年くらいなんです。スキルアップのためにもっと海外に出たいし、自分の実力を上げていきたいと思っています。

  • インタビュア

    兄妹そろってのオリンピック選手を楽しみにしています。

INTERVIEW MOVIE

競技紹介・みどころ

競技紹介

国際サーフィン連盟提供

 東京オリンピックでは、ボードの長さが9フィート(約2メートル70)未満の「ショートボード」が採用される。動きが速く、ターンなどの技を決められることが特徴だ。

 風や潮の満ち引きによって波のコンディションが変わるため、競技時間は当日の状況で決まる。多くの大会が試技時間は15〜20分間。男女とも1組2〜5人が同時に入水し、時間内に8回前後(1回10点満点)の試技を行う。3〜5人の審判が、技の難度、美しさ、スピードなどを総合的に判断し得点を決める。順位は、各人の得点の上位2本の合計点で決まる。

※東京大会のルールや試合形式の詳細は未定(2017年5月現在)。

みどころ

みどころ 1

ポジショニング

 ころころと表情を変える波を見極めることも技術のひとつだが、良い波に乗るためには、位置取りをすることがとても重要だ。選手は、自分のパドリングを後押ししてくれるような力強い波が来たら、その波に乗れるように備えておくことが勝負の分かれ道となる。短い試合時間内に、プライオリティー※1を気にかけながら、ポジション争いを行う。ほかの選手の進路などを妨害した時には、減点の対象となる。

※1:プライオリティー…波に乗る優先権のこと。プライオリティーがある選手は、来た波に乗る権利を持つことができる。会場の波の状況と、その波に対する選手の位置により、ジャッジ間で決定される。プライオリティー制をとっている大会がほとんどだが、ない場合もある。

みどころ 2

技、パワー、スピード

 波に乗る優先権のこと。プライオリティーがある選手は、来た波に乗る権利を持つことができる。会場の波の状況と、その波に対しての選手の位置により、ジャッジ間で決定される。プライオリティー制をとっている大会がほとんどだが、ない場合もある。

みどころ 3

スタミナ

 試技を終えるごとに、パドリングしてスタート地点に戻る。場合によっては100メートル近く移動するので、体力を維持することもポイントとなる。ポイントに戻ってからも、潮が絶えず動いているので、ベストポジションを確保するために選手は動きながら自分の位置を調整している。

2020×You

サーフィン気分で体鍛える

トレーナー・本橋恵美さん

プロフィル

東京都生まれ。体幹トレーニングの普及に取り組む。スポーツ選手への指導のほか、健康セミナーや講演会を各地で開く。著書に「大人の体幹トレーニング」(永岡書店)。 

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 サーフィンをしているような気分を楽しみながら体を鍛える、ユニークなエクササイズが注目されている。バランスを取る姿勢を保つことで適度な有酸素運動となり、爽やかな汗をかくことができる。

 バランスを取りながら波に乗るサーフィンには、体幹を鍛えるのに効果的な動作が多い。体幹とは胴体部分や、脊柱・骨盤などの骨、肩やおなか、腰周りなどの深層筋のこと。鍛えることで姿勢の改善や内臓の働きの活性化、基礎代謝の向上などが期待できる。

 海に出かけたり道具をそろえたりする手間がかからず、室内で取り組めるトレーニングが米国で考案され、日本でもジワリと広がっている。

 全国でヨガスタジオを運営する「ライフクリエイト」(札幌市)は昨夏、東京・銀座に女性専用のサーフエクササイズのスタジオ「Surf Fit Studio」をオープンした。「サーフエクササイズ」と呼ばれ、バランスボールの上にサーフボードに似た形のボードを載せた専用機器を使う。ボードの上に立つと前後左右に揺れ、バランスを保つのに苦労する。

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 同スタジオのエクササイズを監修したトレーナー本橋恵美さんは「姿勢を保ち、サーフィンのような動きをすることで、体幹を効率的に強化できます」と話す。

 本橋さんに、初心者向けのエクササイズを教えてもらった。基本となるのが「スタンディング」=写真(1)=だ。ボードの上に足を前後に開いて立ち、中腰になって両腕も前後に広げ、バランスを取る。「日ごろ運動不足だと、この姿勢を維持するだけでも大変。翌日に筋肉痛になる人もいます」と本橋さん。

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 次はボードにうつぶせに寝そべり腕を回す「パドリング」=写真(2)=。腕で水をかきながら、波間を前進するような動作を20回ほど行う。この後、ボードに両手をついて上半身を起こし、エビぞりの状態に。さらにそのまま両足を前に出して一気に立ち上がる「テイクオフ」までできれば、本物の波にも乗れそうな気分に。「このエクササイズで、肩回りの関節の可動域を広げ、大胸筋や股関節を鍛えられます」

 ヨガやピラティスのポーズを取り入れたものも。例えば、ボードの上に片方の足で立ち、もう一方の足の裏を立っている方の足の太ももにあてる。両手は胸の前で合わせる立木(たちき)のポーズ=写真(3)=。また、ボードにお尻をついて座り、上体を斜め後方に倒した姿勢を維持しながら、腕を水平に広げて腹部をねじる=写真(4)=。ウエストの引き締めに効果的という。

4

 「いずれのエクササイズもおなかをへこませ、深く呼吸をしながら取り組んでください。汗をかいて爽やかな気分になり、リラックス効果もあります」と本橋さんは話している。

雰囲気にもこだわる

 室内とはいえ、せっかくならサーフィンのファッションや雰囲気を取り入れてトレーニングを楽しみたい。パステルカラーやボタニカルの柄など、体にフィットするウェアを着て明るい夏の音楽を流せば、南国の浜辺にいるような気分になれる。銀座のスタジオでは、ウェアの貸し出しも。仕事帰りに手ぶらで訪れる人も多いという。

楽しんでます

オリンピック競泳メダリスト・松田丈志さん

プロフィル

1984年生まれ、宮崎県延岡市出身。バタフライと自由形を専門とし、五輪は2004年アテネから16年リオデジャネイロまで4大会連続出場。銀1、銅3個のメダルを獲得した。

最高の気分転換

 人一倍の練習量でトップスイマーとして活躍してきた松田さん。サーフィンどころの宮崎県で育った縁もあり、高校生の頃からこのスポーツに親しんできた。

 初挑戦は地元の海だったが、初めてボードに立てたのは高校3年の時に合宿で訪れた豪州のゴールドコースト。休養日にサーフレッスンに参加した時のことだった。「大きな板だったからか意外に簡単に立てて。それで楽しくなりましたね」

 安いボードを買って日本に帰り、練習の合間を縫って海に出かけた。とはいえ、現役時代は試合と練習が生活の中心だったので、行けたとしても多くて年10回程度。「ぎりぎりターンができるぐらい。愛好歴が長い割に上達は遅いです」と苦笑するが、人工のプールを黙々と泳ぎ続けるのに比べ、ゆったりと自然を相手にするのは心地良かった。

 「波待ちしているだけでも気持ちいいし、水の中でおしゃべりしているだけでも楽しい。僕にとっては最高の気分転換です」

子どもとビーチクリーン

 昨年9月に選手生活を退いた松田さん。趣味のサーフィンを通じ、力を入れていこうと考えている活動がある。浜辺の清掃活動を行う「ビーチクリーン」と、競技としての地位向上だ。

 ビーチクリーンは全国でサーフィンや水泳のイベントに招待された際、主催者側に「子どもたちと一緒にやりませんか」と提案する。「スポーツをすることも大事だけど、自然に対するリスペクトを伝える良い機会にもなるのかなと」。自然を愛する心を次世代に伝えていくことも、サーファーとしての責任と考えている。

 引退を機に、解説者として競泳や五輪の魅力を語る機会も増えたが、東京五輪で初めて行われるサーフィンにも注目している。

 「サーフィンが五輪に定着できるかは、東京大会の成功にかかっている。それには、トップ選手の出場と日本選手の活躍は不可欠」と持論を語る。「競技は違えど五輪に出た人間として、お役に立てることがあればやっていきたいですね」

俺はお前が生まれる前からこの海に入っている

東京都杉並区の歯科医・増田進致さん(75)

プロフィル

1941年生まれ。サーフィンとの出会いは、大学生の頃。東京のホテルにあったサーフィン雑誌に胸騒ぎがした。以後、75歳となった現在も魅了され続けている。平日は東京都杉並区で歯科医師、ときどき株式運用。週末は千葉県飯岡で波乗りをしている。

雑誌を参考にボードを自作

 東京の阿佐谷生まれです。戦禍を逃れるために三浦半島や軽井沢などに疎開し、戦後に外房の飯岡という地区に住み着きました。当時、地元の子どもたちは洗濯板や戸板などで波乗り遊びをしていました。日本にサーフィン文化が入ってきたのは、1960〜1970年頃です。ベトナム戦争に行く前の米兵が、カリフォルニア式の近代サーフィンを持ち込んだのです。ポリウレタンの板の表面に、グラスファイバーを塗り固めたものを使っていました。

 私がサーフィンをするようになったのは大学2、3年生の頃です。東京のホテルにあったサーフィン雑誌を見たのがきっかけでした。どこにも道具が売っていないから、雑誌を参考に合板や合成樹脂を利用して見よう見まねでボードを自作しました。

 33歳の頃には、仲間10人くらいとサーフィンチーム「サーファーズ・スティングレイ」を作りました。ウェットスーツなんか無い時代ですから、古くて重い潜水服を転用していました。自分の体に合っていなくて、水がじゃぶじゃぶ入ってくるんです。それでも着られればよかったほうで、冬でも雪の中でもパンツ一枚で入っていた猛者もいました。

 保温性と伸縮性のある布が開発されたと聞き、チームのみんなで東京・神田のスポーツ店におそろいのウェットスーツを作りに行きました。店もそんなものを作るのは初めてなわけです。喜び勇んで着たものの、サイズが小さくて使い物にならず、店に突き返しました。そんなことも今となっては良い思い出です。活動期間は数年でしたが、チームメートが全日本選手権に出たりなどなかなか活発に活動していました。

犬吠埼での大会開催に奔走

 公式大会を地元でやろうと奔走したこともありました。全日本大会は日本サーフィン連盟(NSA)の支部が中心となって開催されるものなのですが、当時はまだ、近くに支部がありませんでした。そこで連盟にかけあい、銚子支部を立ち上げました。

 犬吠埼(千葉)で開催した第8回全日本サーフィン選手権大会(1973年)は、当時の銚子市長や警察に直談判した成果でした。大会は予算を組んで運営するわけですが、サーフィンは、いい波が来ないといつまでたっても競技に移れない。じっと待っている間に予算ばかり消費してしまうわけです。

 その点、犬吠埼は死人が出るくらい高い波が常に立っている。「これはチャンスだ」と思いました。でも遊泳禁止区域でしたから、サーフィンをしようとすると、警察がすっ飛んで来る。そこで、何とか開催させて欲しいと市長や警察に直談判に行ったのです。幸運にも、市長も子どもの頃に遊んだ経験があったらしく、「確かに良い波だ」と首を縦に振ってくれました。

 大会は、当時のサーフィン連盟事務局長がハワイで撮った写真を大会ポスターに加工して寄付を募りました。私はシニアB部門に出場しました。

サーフィンで食っていけるようにしたい

増田進致さん提供

 日本で最初にサーフィンを始めたのは、(NSA初代理事長の)坂田道さんや髙橋太郎さんだと思いますが、大学からサーフィンを始めてそれがきっかけで中退してしまうような人が多くいました。大卒できちんと仕事もしていたのは、坂田さんくらいではないでしょうか。当時は「俺はプロだ」と宣言すれば誰でもプロ——という時代。サーフィンで飯が食える人はおらず、自作のボードを売って生活している人がほとんどでした。

 今はプロになるのに試験があります。とはいえ、サーフィンで食っていくことが難しいことに変わりはありません。プロの試合の優勝賞金は、大きなスポンサーがつかなければ100万円がいいところ。これでは、競技に出るだけで生活するのは無理です。

 こんな話をすると「日本のサーフィンは随分遅れている」と思われるかもしれませんが、そうでもありません。カリフォルニア式の近代サーフィンが日本に入ってきたのは、現地から5年遅れくらいですから、日本のサーフィンはそんなに遅れていないと思います。

 問題は、この世界がなかなかカネにならないことです。かつて大手百貨店が、日本の公式大会のスポンサーになったこともありましたが、思うように商売に結びつかなかったためか定着しませんでした。私も何とか大会を収益化したいとの思いで活動してきましたが、そこだけはうまくいかず、大きな課題だと認識しています。

海は手心を加えることはない

 一度でもいい波に乗ったら、そのシーズンはその時の満足感が続くものです。仕事がうまくいっているときなどに「波に乗っている」と表現しますよね。「波に乗る」というのは、まさにそういうことなんです。大きい波が来ると恐怖を感じますが、それを乗り越えれば、次から新しい楽しみができる——。仕事も同じではないでしょうか。

 もっとも、実際のサーフィンは波の大きさと死亡率が比例しますから、私はいつも「海は怖いものだ」と自分に言い聞かせながら海に入っています。歯科医師会の仕事も任されるようになるなど、仕事の世界ではそこそこの扱いを受ける年齢になりましたが、海は、誰が相手でも年齢がいくつであっても、手心を加えてくれることはありません。海に行くと、そのことに気づかされるのです。

 サーフィンは哲学的です。絶えず押し寄せる波にもまれながら、「なぜさっきの波でなく、この波に乗るのか」と、海に問いかけられるような気がします。すると「波と対立するのではなく、従うんだ」と感じてくる。「自分が波になったつもりになる」と言ってもいいかもしれません。ボードにまたがって波を待つ間、そんな感情に自分が支配されていく。これがサーフィンの魅力の一つだと思います。

 海で波待ちしている時の感覚は「母親のおなかの中もこんな感じなのだろうか」などと思ったりもします。そんな感覚に出合えるのも魅力の一つ。他のことでは、なかなか経験できません。私の場合はこんな感じですが、サーフィンとの向かい方は人それぞれでいいのだと思います。

海と親しむきっかけに

 サーフィンが新競技入りしたことは、一人前のスポーツとして認められたようで、非常にうれしく思います。すでに中学生や高校生などの若い世代が世界を舞台に活躍し出しています。個人的には、五十嵐カノア選手に注目しています。ただ不安なのは、大会期間中に安定した波が来るかどうかです。世界の一流選手が満足するような波が来てくれるようにと願っています。

 オリンピックの新競技に認定されたことをきっかけに、サーフィン人口が増えて欲しいと思います。そうなれば、海の豊かさを肌で感じ、これまで以上に海を大切に思う人が増えてくれるのではないでしょうか。

 サーフィンをする人の中には、「この海には地元の人間(ローカル)しか入れない」という価値観「ローカルルール」を持っている人が多いものです。思うに、一般社会で尊敬をもって迎えられる経験をしていないから、あるいは海しか居場所がないから、他者を排除するのではないでしょうか。私なら「俺はお前が生まれる前からこの海に入っているんだよ」と言います。安全を確保するために「一人ひと波」というルールはきちんと守る必要はありますが、他者を排除するのは間違っていると思います。

 サーフィン人口の底辺が広がって、サーフィンを覚えたことで、心が豊かになったというような人が社会で活躍するようになって欲しいです。「海に行っている人は、一般社会でのマナーも良いね」と言われるようになれば——。それが競技普及の後押しにもなるのではないでしょうか。