戦後70年に学ぶ

「沖縄戦」語る、受け継ぐ

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制作・著作 読売新聞

県民の4人に1人が犠牲になったとされる太平洋戦争末期の沖縄戦。本島南部の野戦病院壕で傷病兵の看護に当たった「白梅学徒隊」は、戦況悪化による病院解散後、米軍の猛攻で隊員56名のうち22名が犠牲になった。当時戦場を逃げまどった元学徒が、刻まれた記憶の継承を目指し語り部として約20年前から活動している。「私のような戦争体験を若い人には絶対にして欲しくない」。その思いは各地へ広まっている。

木立の中にひっそりと立つ「白梅の塔」

白梅について説明する石碑

学生に当時の様子を説明するため、同級生が亡くなった壕の中に入る中山きくさん(86)

「白梅の塔」からほど近い原野で遺骨収集の準備をする「国際ボランティア学生協会」の学生ら

多くの犠牲者が出た壕の中で遺骨収集活動を行う学生たち。全国から約130人が集まった

手つかずの険しい岩場でも作業が行われた

壕から掘り出された遺留品を学生から受け取り、感謝の言葉をかける中山さん

壕からは遺骨のほかに薬瓶やボタンなどたくさんの遺留品が見つかった

学生が壕から掘り出した手りゅう弾。姿形はほぼ原形をとどめている

ほぼ手つかずの原野で見つかったたくさんの遺骨

次々と掘り出された遺骨を見つめる学生。「この現実を伝えていかなければ」と決意を新たにした

福岡県久留米市立宮ノ陣小の大植富美子教諭(55)も、中山さんの体験を伝える一人

「話を聞いて、すぐに何か行動しなくてはと思った」と、授業の中で児童に平和の尊さを説く

学生と白梅の塔に花を手向けた中山さん。「若い人がこんなにたくさん来てくれましたよ」と塔に語りかけた

「未来の平和のために生かされていると思っています。体力の続く限り伝え続けることが私の使命です」

16歳の時に戦場を逃げまどった中山さんは今、86歳。戦争体験者らの話に耳を傾け、強い思いを引き継ぐために残された時間は決して長くない。

【取材・撮影】読売新聞東京本社写真部 片岡航希【制作】東京本社メディア局企画開発部 平田啓示
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