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箱根駅伝 私の思い

お正月の「神事」 篠田正浩さん(映画監督)

 来年1月2、3日に行われる第90回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)が、1か月半後に迫った。

 各大学の誇りを胸に、選手たちが汗の染みこんだたすきをつなぐ10区間217.9キロのドラマは、日本の正月に欠かせない風物詩となっている。箱根駅伝の魅力を、映画監督の篠田正浩さん、作家の椰月美智子さんの2人に熱く語ってもらった。

 僕はひょっとして、世界で初めてだと思うんだよ。昭和24年(1949年)、僕は早稲田大学1年生だった。競走部に入部して間もない頃。コーチの中村清さんが今で言う「インターバル走法」を提案したんだ。

 元々、僕は400メートルの選手でね。走る僕を見た中村さんが「そんな400メートルじゃ、世界記録は狙えんぞ」と。「そのスピードで5000メートルを走ってようやく世界記録だ」ってね。始まりは、帰納法的ではなく、ものすごく演繹(えんえき)法的でしたよ。

 400メートルのトラックを1周1分で走り、次の1周はペースを落としてジョギング。その次はまた、1分。僕らは50秒台で走ってたんで、これならやれるんじゃないかなって思ったんだ。でも、走ってみると、3周目から体が動かない。

 下半身への負担がすごかったんだ。だから、意識的に手を振ることにした。手を振れば足が動く。けど、その振りを伝えるためには、腹筋が必要になってくる。だから肉体改造に取り組み、根本的に練習方法をやり直していったんだ。

 大学近くの「甘泉(かんせん)園」というアップダウンのある回遊式庭園をぐるぐる走ったもんだよ。みんな経験則として分かっていたが、「インターバル走法」なんて言葉はなかった。僕らは、中村さんの初めの練習台として、箱根駅伝に出場したんだ。

 僕らの頃は、シーズンオフの長距離トレーニングという感覚だった。けど、今や国民的な行事になったよね。高校野球の甲子園にも同じことを感じるけど、箱根駅伝は一種の神事だと思うんだ。お正月から、若者たちが箱根の山に向かって走るわけだ。たすきは各校の御輿(みこし)でね。

 勝者だけにスポットが当たらない。あそこで崩れ落ちる若者を神聖化し、純粋さを付与する力がある。選手はみんなスポーツだと思って走るが、見てる方はそうじゃない。司馬遼太郎風に言えば、これが「この国の形」なんだな。きっと。

 この時期になると、出雲駅伝、全日本大学駅伝といった前哨戦がいろいろあるでしょう。今回は後輩たちがどんな走りを見せてくれるのか、いやが応でも気になる。今はテレビ中継も過不足なく伝えてくれるしね。花形とされる2区もいいけど、僕は注目するのは山の上り下りがある5区6区だな。いわゆる「山の神様」。毎年、熱くなるよ。

しのだ・まさひろ
 1931年、岐阜市生まれ。大島渚、吉田喜重らとともに松竹ヌーベル・バーグを担った。代表作は「乾いた湖」(1960年)、「心中天網島」(69年)、「瀬戸内少年野球団」(84年)など。50年の第26回大会で準優勝した早稲田大の2区を走った。
2013年11月19日  読売新聞)
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