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【冨田の美学】(中)「継続は力」決勝で体現

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北京五輪・体操 男子団体総合決勝、銀メダルを手にする冨田洋之(中央)(右は内村航平、左は坂本功貴)=8月12日、田村充撮影

 期待された北京五輪の個人総合は、第3種目のつり輪で手を滑らせ、マットにたたきつけられた。優勝は絶望的だと、観客のざわめきが告げている。体中が痛い。8月14日。冨田の体操人生で最大のアクシデントは、しかし、己の疑問を解消する最高のチャンスになった。

 時計の針を5日分、巻き戻す。この日の予選で、冨田は6位。内村航平(日体大)が4位、坂本功貴(順大)が5位だから、1か国2人までの出場枠に照らすと、決勝に進めない。ところが、日本は実績重視の方針で、27歳の主将を舞台に立たせると予選の前から決めていた。深夜、冨田は選手村の居室で、ぼんやりと天井を眺めていた。

 「(出場権を)放棄しようかなあって考えた。実際、(坂本より)点数が低かったわけだし」。いったん立ち上がったが、足は止まる。「多くの人が批判を覚悟で動いてくれた。応えなきゃいけない」。すべてを背負い、競技に臨むと誓った。

 さらに、さかのぼる。6月中旬の話だ。頂上の見えない山登りは、正しい道を歩いているのかどうか、時に不安を呼び起こす。具体的な理想像を掲げない冨田に、そんな例を挙げて尋ねたところ、「到達点は定めてない。ただ(練習を)継続する。ひたすら続ける中で、新しいものが見えてくる。力もついていくはず。はっきり分かんないですけど……」。日本のエースの中でも、答えは霧の奥にあって、揺らめいていた。

 さて、北京五輪の個人総合決勝は、つり輪を終えて残り3種目。「(出場権を譲った)功貴の件もあるし、応援してくれた方の思いもある。『あきらめたらダメ』と、それだけを言い聞かせた」。跳馬、平行棒、鉄棒と、全身の毛穴から執念が噴き出しているような、それらは会心の演技だった。

 「一番、達成感のある試合でした。体も気持ちも苦しい状態で、ちゃんと最後まで続けられた。『継続が大事』と信じて、僕は間違っていませんでした」

 だから、結果が4位でも、一点の曇りもない心で、あのセリフを口にした。「幸せなオリンピックでした」――。

2008年11月12日  読売新聞)

 冨田の美学

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