現在位置は
です

本文です

【冨田の美学】(下)「感謝」込め フィニッシュ

フォト企画・連載 写真の拡大
全日本選手権で選手の演技を見る冨田(右)と鹿島(2日、新潟県上越市で)

 初恋は小学校の3年生だったか、4年生だったか。冨田は「同じクラスで、とにかく頭のいい女の子でした」と照れ臭そうに振り返り、「まあ、(自分の好意を)伝えられるわけもなく」と苦笑しながら付け加えた。そんな口下手な男が、己の中で最も大切にしている感情については「感謝です」と即答した。

 2004年アテネ五輪は米田功(引退)、塚原直也(朝日生命)ら先輩に支えられ、「心おきなく『やったるわい』と無邪気にできました」。

 北京五輪は主将を任され、「今になって考えれば、意識してないつもりでも、重圧はあった」。年齢の近い選手はもとより、エースは「若い選手にも助けられた」と断言する。「元気な彼らに、つられて楽しめた気がするんです」

 今月初めの全日本選手権は、19歳の内村航平(日体大)が制した。冨田は「(内村)航平が伸びてきて、何かうれしかった。『とうとう来たな』って」。だが、それはライバルの出現を喜ぶ気持ちでも、世代交代の準備に対する安心感でもないという。「うまく表現できない」という27歳の心中は、体操界を盛り上げる巡り合わせへの感謝だったと、記者は勝手に解釈している。

 「自分なんて、ちっぽけな存在。周りに恵まれてこそ、力が出せる」。だから、感謝が自然と形になる。9月下旬、北海道釧路市での五輪報告会。冨田は出番の合間に、地元ジュニア選手の演技へ長々と拍手を送り、チアリーダーの踊りを手拍子で応援していた。アリーナの隅で笑みを浮かべ、いつまでも――。

 寡黙に映る態度は本人の説明によると、「端的に考えを伝えたいんです。相手が分かりやすいように、余計な部分を省いていったら、どんどん短くなって」。そこで、ごくシンプルに好みの言葉を挙げてもらう。

 「僕は『ありがとう』って、すごく好きですね」

 今年限りで、第一線を退く。肩や腰の痛みは消えていないけれど、残る競技会もありったけの感謝を込め、「全力でやり切る」と決めている。(おわり)

 (この連載は田中富士雄が担当しました)

2008年11月13日  読売新聞)

 冨田の美学

現在位置は
です