義足の2メートルジャンパー男子走り高跳び 鈴木徹選手(27)高校時代はハンドボールの選手。3年の国体では全国3位に入り、筑波大への推薦入学が決まっていた1999年2月、地元・山梨県で乗用車を居眠り運転して事故を起こした。ひざ下11センチのところで右足を切断、五輪の夢はついえた。 その1年後。知人に連れられて訪れた中央大の陸上競技場で走り高跳びをしてみたところ、身体障害者の当時の日本記録(1メートル50)を上回る1メートル65のバーを越え、周囲を驚かせた。シドニーパラリンピックに出場したのは、競技を始めてわずか半年後のことだ。 「義足のハイジャンパー」にとって、北京大会はシドニー、アテネに続く3度目のパラリンピック挑戦になる。過去の2大会はいずれも6位でメダルに届かなかったが、2005年のパラリンピックW杯で銀メダルを獲得。昨年10月のジャパンパラリンピックでは世界3人目の2メートルジャンパーになり、頂点がおぼろげながら見えてきた。「世界記録(2メートル10)を更新し、金メダルを」と意気込む。 走り高跳びは、助走で勢いをつけ、踏み切りで地面に力をうまく伝えられなければ記録は伸びない。義足では安定した助走や跳躍はままならないし、足がこすれて傷つき、跳べないこともある。それでも記録を伸ばすことを励みに、練習を続けてきた。 健常者の大会にも積極的に出場する。夢は、男子走り高跳びの日本記録保持者で、友人でもある醍醐直幸選手との対戦だ。 「競技場では義足かどうかは関係ない。大事なのは、誰がより高いバーを越えたかということだけ」。アスリートとしての誇りを胸に、自分の限界に挑戦するつもりだ。(近藤幹夫) (2007年9月6日 読売新聞)
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