【ドラフトの星】(外国籍候補) 蕭一傑、白倉キッサダー、申成鉉プロ野球のドラフト会議(新人選手選択会議)が30日に開かれる。新たに「大学生・社会人ほか」と「高校生」を一括開催するなど、注目される今年のドラフト。運命の日を前に、異国の地で夢の舞台を目指す外国籍選手にスポットライトを当ててみた。 しなる腕、抜群の安定感…蕭一傑(しょういっけつ、台湾)奈良産大 22歳 1メートル80、86キロ 右投げ右打ち今秋の近畿学生リーグ戦で、直球は最速148キロをマーク。第4節まで救援も含めて6試合、34回を投げて自責点ゼロと抜群の安定感を誇る。「注目されているので、恥ずかしい投球は出来ない」。台湾から来日して7年目、右腕の投球が、すごみを増してきた。 大学入学当初の球速は130キロ台前半だった。地道な走り込みで粘り強い下半身をつくり、3年生の昨年までは主にリリーフで経験を積んだ。先発の柱となった今年は、春季リーグ戦で5完投を含む6勝0敗。6月の全日本大学選手権では1回戦の中央学院大戦で延長13回を完封し、翌日、サヨナラ負けを喫した東北福祉大戦も延長11回を投げ抜き、12三振を奪って評価を高めた。 そのフォームと球質に、プロのスカウトもほれ込んでいる。中日の米村明スカウトは「ムチのような腕のしなりは、台湾選手ならでは。球持ちが長いためボールの回転が良く、打者の手元でも失速しない」と絶賛。1試合平均の四死球は2個以下と、制球力もある。 テレビで見た日本の高校野球にあこがれ、台湾の高校を半年で中退。16歳で日南学園(宮崎)に留学した。「台湾の野球はパワー重視の米国型。同じアジア人として日本の高い技術を学びたかった」と蕭。外野手から投手に転向し、甲子園には2度出場。2年夏は初戦で打ち込まれ、3年春は登板機会なしに終わったが、ひたむきに練習を続け、大学でその才能を開花させた。 台湾からの1か月の仕送り12万円は、公務員として働く父の月給の半額に相当する。「負担をかけてきた分、恩返ししたい」と蕭は言う。 快速球で「オリエンタル・エクスプレス」の異名を取った郭泰源(元西武)や、106勝116セーブを挙げた郭源治(元中日)ら、名投手を多く輩出してきた台湾。日本で成長した蕭は、偉大な先輩に続くつもりだ。(山口博康) 国際経験も豊富…白倉キッサダー(タイ)亜大 22歳 1メートル76、76キロ 右投げ右打ちタイ代表のエースとして昨年の北京五輪アジア予選1次リーグでは香港相手に14奪三振で完投勝ち。フィリピン戦では延長12回を投げ抜いて引き分けに持ち込んだ。国際舞台を数多く経験して「緊張感の中でも、落ち着いて投げられるようになった」と自信をつけた。 体は決して大きくないが、最速144キロの直球と縦のカーブで打たせて取る投球が持ち味だ。東都大学リーグ通算5勝。昨春は体調不良で出遅れながらも3勝1敗、防御率はリーグトップの1・15の好成績を残した。 日本へ来たのは小5の時。同級生に誘われ、見たことも聞いたこともなかった野球を始めた。日本語も分からず、身ぶり手ぶりで教わりながら覚えていった。「いい球が行くと気持ちいい」と投げることが大好きだった。 甲子園で大活躍した松坂大輔投手(レッドソックス)にあこがれ、中学に入って投手に。進学した長野県の上田西高では2年の春の県大会で優勝、夏は準優勝した。注目投手として雑誌などの取材を受け、「頑張れば自分もプロに行けるかもしれない」とプロを意識するようになった。冬には10キロ近く走り込んで下半身を鍛え、高校時代は平均120キロ台後半だった直球のスピードが140キロ前後になった。 タイ人の母を持ち、高校3年で初めてタイ代表に招集され、国際大会に毎年出場。昨年も大学のシーズン終了後に3大会を戦った。スタミナは誰にも負けない自信がある。「めったに経験できることじゃない。どの選手もレベルが高く、学ぶことは多い」と研究熱心で、キューバの選手からスライダーやフォークの投げ方を教えてもらったこともある。 「野球と出会わなければ今の自分はない」と言い切る。課題は球威やキレを磨くこと。さらに自分を高める。(田中誠之) 高校通算30本塁打…申成鉉(シンソンヒョン、韓国)京都国際高 17歳 1メートル83、83キロ 右投げ右打ち53人が挑んだ先月15日の広島の入団テスト。ただ一人の、それも3年ぶりの合格者となった。正式に入団できるかどうかはドラフトの結果待ちだが、韓国出身の大型遊撃手として注目を集めている。 1年秋から4番を任され、3年間で通算30本塁打をマーク、右方向への長打も打てる。投手も務めたほどの強肩に加え、50メートルが6秒4の足も魅力。広島の苑田聡彦スカウト部長は「テストを受けた中では肩の強さ、守りの動きで群を抜いていた。ガッツもありそうだ」と期待している。 中学の時、甲子園の試合をテレビ観戦し、「胸に来るものがあった」という。父親からも「野球以外でも視野を広げられる」と勧められて留学を決意。言葉には苦労したが、1年で日常会話はこなすようになった。好きな日本女性の著名人は「(女優の)宮崎あおいさん」と照れ笑いする。 強肩を生かすため1年の冬から遊撃手に転向。直後は併殺プレーの難しさに戸惑ったり、何度も打撃不振に陥ったりと苦労を重ねた。しかし時には未明まで寮の前で一人バットを黙々と振り込むなど、持ち前の努力で頭角を現した。今夏の京都大会は8強に終わり、甲子園出場の夢は果たせなかったが、その才能には日本の球団だけでなく、母国からも注目が集まる。 好きな選手はやはり母国のヒーローである巨人の李。同じ遊撃手では、走攻守三拍子そろった西武・中島が理想のタイプだという。 韓国が初の金メダルに輝いた北京五輪に感動した。プロで活躍できたら、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)出場という遠大な目標もある。「世界一になりたいか」との問いに「はい」と目を輝かせた。 玄界灘を渡った未完の大器は、抱いている夢もビッグだ。(新田哲史) 在学期間など条件外国籍選手の場合、〈1〉日本の中学、高校などに通算3年以上在学〈2〉日本の大学などに継続して4年以上在学〈3〉日本に5年以上居住し、日本野球連盟に所属する社会人チームに通算3年以上在籍――のうち、いずれかの条件をクリアしてプロ入りすれば、外国人選手扱いとならない。 2002年に中日が7巡目指名したブラジル国籍の瀬間仲ノルベルト(宮崎・日章学園高)は、日本在住期間が当時の規定で定める5年に満たなかったため、ドラフト史上初めて、外国人選手枠で指名を受けた。その後2003年には、国内の高校や大学などを卒業後にドラフトを経てプロ入りした場合は、日本人選手扱いとするようルールが緩和され、瀬間仲にも適用された。 過去に1巡目指名を受けたのは、台湾出身の大型遊撃手、陽仲寿(福岡・福岡第一高)。2005年のドラフトで、日本ハムが交渉権を獲得した。 (2008年10月6日 読売新聞)
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