(下)「脱・小嶺」で名門復活…国見(長崎)長く、つらい冬の時代を乗り越え、全国選手権6度の優勝を誇る九州の雄、国見が復活を遂げた。 常勝軍団を作り上げた小嶺忠敏総監督が2007年1月に辞任し、ここからチームは輝きを失った。この年に全国選手権への連続出場が21で途絶え、08年は一度も全国舞台に立てずじまい。同年9月に就任した高橋精一郎監督が再建の第一歩に選んだのは〈脱・小嶺〉への転換だった。 試合に負ければ罰走を科すなど、黄金期を支えたのはスパルタ式の猛練習。島原商出身の高橋監督自身も小嶺門下生だが、「上から押しつける指導では、今の子供はついてこない」と感じていた。さらに、お目付け役の小嶺氏がいなくなった緩みもあり、「本当に勝ちたいのか分からなかった」と振り返る。 時間があれば練習法などについて選手と納得するまで語り合い、意見を交わすと、自己主張のなかった選手に変化の兆しが表れた。試合中、状況に応じて布陣を変更したり、ハーフタイムには監督の指示より先に修正点を挙げ始めたり。「(監督は)選手の自主性を尊重してくれ、サッカーが楽しい。やらされるのではなく、積極的になった」と主将のDF野地諒平は新人戦、高校総体、選手権と県大会3冠の要因を語る。 名門の誇りを取り戻しつつあるが、部員に全国選手権経験者は一人もいない。「今までの伝統を残しつつ、新生・国見をアピールしたい」と野地。青と黄の縦じまが、新たな歴史を刻む。(崎田良介) (2009年12月29日 読売新聞)
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